司法試験・予備試験実践論証

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【論証】刑法総論1構成要件⑶構成要件的故意Ⅰ

構成要件的故意とは、客観的構成要件要素に該当する事実の認識・認容をいいます。

構成要件的故意のところで生じる問題として、まず規範的構成要件要素の認識、認識事実と実現事実との錯誤(具体的事実の錯誤、因果関係の錯誤、抽象的事実の錯誤)を検討します。

  

 

 

規範的構成要件要素の認識

 

規範的構成要件とは、裁判官による規範的な価値判断を経なければある事実がその要素に該当するか否かを決することができない構成要件要素をいいます。

 

規範的構成要件要素としては、窃盗罪における財物の「他人性」、わいせつの罪における「わいせつ」、公務執行妨害罪における公務の適法性などがあります。

 

上記のように規範的構成要件要素該当性の判断にあたっては価値判断が介在するため、これらの規範的構成要件要素の認識があるといえるかの判断にあたっては、いかなる事実を認識していれば足りるかが問題となります。

 

【論証:規範的構成要件要素の認識】

窃盗罪における財物の「他人性」は、裁判官による規範的な価値判断を経なければある事実がその要素に該当するか否かを決することができない規範的構成要件要素である。故意が認められるためには客観的構成要件要素の認識・認容が必要であるが、規範的構成要件要素については、いかなる程度の認識が必要となるか。

 ここで、故意の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であるにもかかわらず、反対動機を形成することなく、あえて行為に及んだことへの強い道義的非難にある。そして、規範的構成要件要素については、素人的判断の程度における意味の認識さえあれば、反対動機の形成は可能であるから、素人的判断の程度における意味の認識が必要であり、それで足りると解する。

 

具体的事実の錯誤

 

行為者が認識した事実と現実に発生した事実が同一構成要件内で食い違っている場合に具体的事実の錯誤が問題となります。

 

具体的符合説も有力ですが、抽象的法定符合説が判例通説です。

 

論証では、反対説として具体的符合説をかなり厚めに展開して、それを批判しながら自説として抽象的法定符合説を書いています。

 

実際の答案では通常ここまで厚く書く必要はないでしょう。最近の学説対立問題では、具体的符合説を展開することもあるかもしれないので、そのときのために紹介しています。

 

【論証:具体的事実の錯誤】

XがAを狙って銃を発射したところ、誤ってBに命中し、Bが死亡した事例

 

Bに対する殺人罪の客観的構成要件該当

 もっとも、XはAの死という事実を認識しており、Bの死は認識していなかったため、殺人罪の故意が認められないのではないか。

 ここで、発生した結果を全く認識していない者に故意責任を認めることは責任主義に反するし、犯人の認識した結果と現実に生じた結果が異なる法益主体について生じたものである場合には、犯人の認識した生命侵害と現実に生じた生命侵害という事実は客観的にみれば別個の構成要件該当事実であるから、その認識は別個の構成要件該当事実の認識であるといえ、現実に生じた法益侵害結果についての故意は認められないとする見解がある(具体的符合説)。*1

 かかる見解からは、故意が認められるためには、認識事実と実現事実が「その人」という具体的なレベルで一致することが必要である。

 この見解によれば、Xは「その人」たるAを殺そうとして「あの人」たるBを殺しており、両者は別個の法益主体であるから、Xに故意は認められないことになる。

 しかし、上記の見解は客体の錯誤方法の錯誤を区別して後者の場合のみ故意を阻却するものであるが、両者を区別することには合理的な理由はない。また、故意責任の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、反対動機を形成することなくあえて行為に及んだことへの強い道義的非難にあるところ、規範は構成要件の形で一般国民に与えられているのであるから、認識事実と実現事実とが構成要件レベルで一致している限りで故意が認められると解すべきである。*2

 Xは「人」(199条)を殺そうとして「人」を殺しているのであるから、認識事実と実現事実が構成要件レベルで一致しているといえる。

 したがって、故意が認められる。

 

併発事例(上記の例でいうと、弾丸がAを貫通してAのみならずBも死亡させた場合)の場合には、上記に加えて、故意犯がいくつ成立するかも問題となります。ここでいわゆる数故意犯説を展開する必要があります。

 

【論証:数故意犯説】

 具体的付合説からは、認識した客体については故意犯が成立し、認識しなかった客体については過失犯が成立することになる。

 また、法定的付合説においても、1個の故意しかないのに2個の故意犯を認めるのは責任主義に反するとして、1個の故意しかない場合には1個の故意犯しか成立しないとする見解もある。しかし、上記のように故意を構成要件レベルで抽象化する以上、故意の個数は本来的に観念することができない。また、2個の故意犯が成立するとしても両者は観念的競合(54条1項前段)となるから、責任主義に反するということもない。

 したがって、2個の故意犯が成立すると解すべきである。*3

 

実際の答案ではしかし以下で十分なことが多いです

 

 

因果関係の錯誤

 

因果関係の錯誤は、行為者が想定していたのとは異なる因果をたどって結果が発生したときに故意が認められるのか否かの問題です。具体的事実の錯誤の一種といえるので、論証もほとんど同様です。

 

【論証:因果関係の錯誤】

 まず、故意の対象は構成要件該当事実であるところ、因果関係も構成要件要素であるから、故意の対象となる。

 そして、故意責任の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、反対動機を形成することなくあえて行為に及んだことへの強い道義的非難にあるところ、規範は構成要件の形で一般国民に与えられているのであるから、認識事実と実現事実とが構成要件レベルで一致している限りで故意が認められると解すべきである。

 したがって、行為者の認識した因果経過と現実の因果経過が食い違っていても、そのどちらも法的因果関係の範囲内であれば、故意は阻却されないと解する。*4

 

犯人が認識した因果経過が現実的に行われたと仮定した場合、法的因果関係が認められ、現実に発生した因果関係も法的因果関係が認められる場合に故意が認められます。

 

 

抽象的事実の錯誤

 

認識事実と実現事実が異なる構成要件にまたがって食い違っている場合に抽象的事実の錯誤が問題となります。

 

抽象的事実の錯誤には、軽い罪の認識で重い罪を実現した場合(第1類型)、重い罪の認識で軽い罪を実現した場合(第2類型)、法定刑が同じ場合(第3類型)の3パターンがあります。

 

第1類型

 

このとき、第2類型とは異なり故意の問題ではなく、軽い罪の客観的構成要件該当性が認められるかが問題となることに注意が必要です。

 

【論証:抽象的事実の錯誤 第1類型】

 

 38条2項から、重い罪は当然に成立しない。そこで、軽い罪が成立するかが問題となるが、Xは軽い罪の客観的構成要件該当事実を認識認容しているから、軽い罪の故意が認められることに問題はない。ここでは軽い罪の客観的構成要件該当性が認められるかが問題となる。

 罪刑法定主義からは、軽い罪の客観的構成要件該当性事実は存在しない以上、軽い罪の客観的構成要件該当性は認められないのが原則である。しかし、両者の構成要件が重なり合う場合には、実質的には重い罪の構成要件の中に軽い罪の構成要件が含まれているとみてよい。したがって、構成要件の重なり合いの限度で軽い罪の客観的構成要件該当性を認めるべきである。そして、38条2項は構成要件が重なり合う範囲で客観的構成要件該当事実があったものとみなすことを認めているため、かく解しても罪刑法定主義に反しない

 ここで、構成要件の重なり合いを形式的に判断すると故意犯成立の範囲が不当に狭まってしまうから、構成要件の重なり合いの有無は実質的に判断すべきである。構成要件は法益侵害行為の類型であるから、構成要件の主要な要素は「行為」と「結果」である。したがって、行為態様が共通であり、かつ保護法益も共通である場合には、両構成要件は基本的部分を共通にし、実質的に重なり合っているといえると解する。*5

 

構成要件の重なり合いの判断については、行為態様と保護法益が両方とも共通と言えて初めて重なり合いが認められることに注意してください。

 

たとえば、窃盗罪と占有離脱物横領罪の重なり合いについてみると、

保護法益は前者が所有権と占有、後者は所有権であるので、所有権の限度で重なり合っています。

行為態様は他人の財物を不法に領得する行為である点で共通しているといえます。

したがって、両者は軽い占有離脱物横領罪の限度で実質的な重なり合いが認められます。*6

 

 

第2類型

 

 

この類型は、軽い罪の故意が認められるか否かの問題となります。

 

【論証:抽象的事実の錯誤 第2類型】

 およそ犯罪を行う意思で何らかの犯罪結果を発生させた以上、認識事実と実現事実との間に「犯罪」というレベルでの抽象的な符合が認められるので、何らかの故意犯の成立が認められるとする見解がある。*7

 しかし、かく解することは故意の構成要件関連性を否定する点で罪刑法定主義責任主義に反し、妥当でない。そこで、故意の認識対象は構成要件該当事実であるところ、認識事実と異なる構成要件該当事実が発生した場合には、原則として故意は認められないと解すべきである。

 もっとも、故意責任の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、反対動機を形成することなくあえて行為に及んだことへの強い道義的非難にあるところ、認識事実と実現事実との間に構成要件的重なり合いが認められる場合には、その限度で反対動機の形成が可能であったといえるから、重なり合いの限度で故意犯が成立すると解する。

 そして、構成要件の重なり合いを形式的に判断すると故意犯成立の範囲が不当に狭まってしまうから、構成要件の重なり合いの有無は実質的に判断すべきである。構成要件は法益侵害行為の類型であるから、構成要件の主要な要素は「行為」と「結果」である。したがって、行為態様が共通であり、かつ保護法益も共通である場合には、両構成要件は基本的部分を共通にし、実質的に重なり合っているといえると解する。*8

 

反対説紹介は適宜省略してください。

構成要件の重なり合いの判断はどの類型も共通です。

 

第3類型

 

構成要件の重なり合いの判断までは第2類型と同様です。

 

【論証:抽象的事実の錯誤 第3類型】

しかし、両者は法定刑が同一である。いずれの罪が成立するか。

 法定刑が同一のときは38条2項のような規定がないから、客観的構成要件該当事実がないのにそれをあるものとみなすことはできない(第1類型と同様の処理は認められない)。

 したがって、発生事実の通りの罪が成立するとすべき(構成要件に重なり合いがある以上、第2類型のように故意は認めてよい)。*9

 

 

 

*1:基本p.106~109

*2:基本p.105,108~110

*3:基本p.110~113

*4:基本p.114,115

*5:基本p.126,127,122,123

*6:基本p.125

*7:基本p.120,121

*8:基本p.121~125

*9:基本p.128,129