司法試験・予備試験実践論証

予備試験合格・司法試験総合42位合格者作成の論証集。予備校講座の一歩先へ。

【論証】刑法総論1構成要件⑶構成要件的故意Ⅱ

ここでは、前回の記事で扱った、具体的事実の錯誤、因果関係の錯誤、抽象的事実の錯誤を前提として、遅すぎた構成要件の実現、早すぎた構成要件の実現(実行の着手の問題ですが、故意が絡んでくるため、ここでも紹介します)について検討します。

 

前回の記事はこちらから。

 

shihouyobi.hatenablog.com

 

 

遅すぎた構成要件の実現

 

事例

XはAの首を絞め、この行為によってAが死亡したものと思ってAを砂浜に放置した。Aはこの時点では生存していたが、海岸の砂を吸引して窒息死した。

 

ここで、首を絞める第一行為と砂浜に放置する第二行為を包括的に支配する概括的故意(ウェーバーの概括的故意)が存在することを前提として、Xの行為は全体として一個の行為であり、当初の意図が結局実現されたといえるから殺人既遂罪が成立するとする見解もあります。*1

 

しかし、行為全体についての認識があったわけではないのに、概括的故意を認めるのは存在しない故意を擬制するものであるという批判があります。

今日では、この問題は因果関係の錯誤の問題と捉えるのが一般的です。

 

論証もこの立場から作成しています。

 

【論証:遅すぎた構成要件の実現】

 まず、行為の個数が問題となるが、第一行為と第二行為は故意の異なる行為であるから、時間的場所的に近接していたとしても、これを1個の行為とみることは適切でない。したがって、行為は2個であると解すべきである。

 第二行為についてみると、Xは死体遺棄の故意で殺人という結果を生じさせている。そこで、このときいかなる罪が成立するか、抽象的事実の錯誤の処理が問題となる。

 【論証:抽象的事実の錯誤 第2類型】

 したがって、死体遺棄罪及び殺人罪はいずれも成立せず、過失致死罪が成立するにとどまる。

 第一行為についてみると、かかる行為は殺人の実行行為にあたり、Aは死亡しているから結果も生じている。では、かかる行為と結果との間に因果関係が認められるか。

 【論証:因果関係】

 まず、第一行為がなければ窒息死という結果は生じることはなかったといえるから、条件関係は認められる。

 そして、第一行為と結果との間にXがAを砂浜に放置するという行為が介在しており、この行為が砂の吸引による窒息死という直接の死因を形成しているから、介在事情の寄与度は大きいといえる。しかし、殺害行為に及んだものが犯行の発覚を恐れてこれを遺棄しようとすることはあり得ることであるから、Aの首を絞める行為の中には砂浜に遺棄されて窒息死する危険も含まれているといえる。

 したがって、第一行為の危険が結果へと実現したといえるから、因果関係が認められる。

 では、Xに殺人罪の故意が認められるか。

 Xは第一行為のときに殺意を有しているが、絞殺することしか認識していなかった。現実にはAは砂の吸引によって窒素行使しているから、現実に生じた因果関係はXが認識していた因果関係とは異なる。そこで、因果関係の錯誤により故意が阻却されるのではないか。

 【論証:因果関係の錯誤】

 したがって、故意が阻却されることはない。

 以上より、第一行為には殺人罪が、第二行為には過失致死罪が成立するが、後者は第一行為による因果の流れの一部にすぎないから、前者に包括吸収され、結局殺人罪一罪が成立する。

 

 

早すぎた構成要件の実現

 

行為者が、第1行為の後に行う第2行為によりある犯罪の構成要件を実現しようとしていたが、第1行為により当該犯罪の結果を発生させてしまった場合を早すぎた構成要件の実現といいます。

 

この場合、当該犯罪が成立するためには、第1行為を開始した時点で実行の着手が認められること(これが認められなければ、第1行為は予備行為にすぎないと評価されてしまいます)、第1行為の時点で当該犯罪の故意が認められること(これが認められなければ、第1行為のときには予備の故意しかないため、予備罪が成立しうるにとどまることになります)が必要です。

 

この論点についてはクロロホルム事件(最決平成16年3月22日〈百選64〉)が有名ですが、クロロホルム事件では、クロロホルムを吸引させる行為自体に(クロロホルム吸引による)死亡結果を発生させる危険性を認め得る事案だったものと思われます(その意味で、第2行為を読み込むまでもなく殺人罪の実行の着手自体は認められたはずです)。

 

では、なぜわざわざ犯行計画を考慮し、第1行為に(クロロホルム吸引による死亡の危険ではなく)第2行為による溺死の危険を読み込んだのでしょうか(後述論証参照)。

 

これは、第1行為と第2行為を1個の殺人の実行行為と捉えることにより、第1行為開始時点での殺人の故意を認められるようにするためと考えられます。*2

(上述のように第1行為単体で観察すると、この時点では予備の故意しかないため、予備罪が成立しうるにとどまってしまいます)

 

したがって、早すぎた構成要件の実現の場合、第1行為自体に直接死亡結果を発生させる危険が認められるような事例であったとしても、第1行為時点での故意を認めるためには、第1行為の中に第2行為による死亡の危険を読み込む必要があるのです。

 

つまり、早すぎた構成要件の実現は実行の着手の問題と思われがち(実際そういう側面もあります)が、本質的には第1行為の時点で故意が認められるかどうかの問題なのです。

 

【論証:早すぎた構成要件の実現】

 まず、43条の「犯罪の実行に着手して」という文言から、実行の着手が認められるためには少なくとも実行行為と密接な行為に着手したといえることが必要である。また、未遂犯の処罰根拠構成要件的結果発生の現実的危険性を惹起したことにあるところ、実行の着手が認められるためにはかかる危険性を惹起したことも必要であると解する。そして、犯人の主観もかかる危険性に影響を与えることから、犯人の主観、犯行計画も考慮して、第1行為が第2行為と密接な行為であり、第1行為を開始した時点ですでに殺人に至る客観的な危険性が認められる場合には、第1行為を開始した時点で殺人罪の実行の着手が認められると解する。

 具体的には、①第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うため必要不可欠のものであり、②第1行為を行った場合その後の計画を遂行するうえで障害となるような特段の事情が存せず、③第1行為と第2行為が時間的・場所的に近接していたといえるかにより判断する。

 

これで実行の着手を認めた後、故意については

 

 上記のように第1行為の時点で第1行為と第2行為による一連の殺人罪の実行に着手したことが認められるから、第1行為開始時点で(第2行為による)死亡結果の認識認容があるといえ(、この認識認容は行為と同時に存在していたといえ)る。

 もっとも、甲は第2行為によって死亡結果を発生させることを意図していたのであるから、甲の認識した因果経過と実現した因果経過は食い違っている。そこで、故意が阻却されるのではないか、いわゆる因果関係の錯誤が問題となる。

 【論証:因果関係の錯誤】

 したがって、故意が認められる。

 

 

実行の着手が認められるための要件はあくまで密接性と危険性の二つです。①~③はこのに要件を判断するための考慮要素にすぎません。①~③を要件としてしまう誤り多く見られるので注意しましょう。

 

いかなる犯罪についてもこのような判断枠組みを用いてよいかは不明確です。特に家屋内での放火の事案等では実行の着手が早まりすぎてしまう懸念があります。*3

 

また、手段限定型犯罪(強制性交等罪、強盗罪、詐欺罪等)については、基本的に定められた行為(「暴行又は脅迫」、「欺」く行為等)に着手して初めて実行の着手が認められると考えられています。

 

ただし、詐欺罪については交付請求を行う前の段階で実行の着手が認められた判例が最近出て、注目を集めています。*4

この判例を意識した詐欺罪の実行の着手の論点については各論の記事で検討する予定です。

 

*1:基本p.117

*2:基本p.264

*3:基本p.265

*4:最判平成30年3月22日