司法試験・予備試験実践論証

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【論証】刑法総論3責任

現在の通説は、責任とは他行為可能性・意思の自由を基礎とした非難可能性であると考えています。*1

 

そして、責任の要素として、責任能力、責任故意・過失、違法性の意識の可能性、期待可能性を上げることができます(違法性の意識の可能性を責任故意の要素であるとする見解もありますが、ここでは独立の責任要素であるという見解を採用します(論証参照))。

 

責任の段階で主に問題となるのは、原因において自由な行為、違法性の意識(の可能性)の要否、誤想(過剰)防衛です。

 

 

 

原因において自由な行為

 

原因行為(たとえば、飲酒行為)時には責任能力があったが、結果行為(たとえば、殴打行為)時には責任能力が認められない場合に、39条1項によって処罰できなくなる(行為と責任の同時存在の原則から)のは不当です。そこで、このような場合にも行為者の責任を問う法的構成が問題となります。

 

実行行為を原因行為とみる原因行為説と結果行為とみる結果行為説があり、原因行為説をとる場合には間接正犯類似説に至ることになります。多数説は結果行為説をとっています。

 

【論証:原因において自由な行為】

 責任の本質は他行為可能性・意思の自由を基礎とした非難可能性であるところ、行為者に対する非難可能性は、行為者の悪性格についてではなく、行為者が違法な行為を行ったことについての非難可能性であるから、責任は実行行為を行う時点で存在しなければならない(行為と責任の同時存在の原則)。そうだとすれば、殺害行為時に心神喪失状態になっていた場合には、責任が阻却され、犯罪が成立しないとも考えられる(39条1項)。しかし、飲酒により自ら心神喪失状態を招いた者を不可罰とするのは国民の法感情に反する。そこで、このような場合に完全な責任を問うことができないかが問題となる。

 ここで、行為者はいわば間接正犯のように、責任無能力状態の自分を道具として利用して犯罪を実現していると考え、原因行為(飲酒行為)を実行行為とする見解(間接正犯類似説)がある。かかる見解によれば、行為と責任の同時原則に抵触せずに行為者に責任を問うことができる。

 しかし、飲酒行為に人を死亡させる現実的な危険性を読み込むことは無理があるし、行為者が結果行為(殺害行為)時に心神耗弱状態にとどまる場合には、そのような自分は道具とはいえないため、39条2項の適用を認めざるを得なくなり、不均衡が生じてしまう。

 そこで、実行行為はあくまで結果行為であると解した上で、行為と責任の同時存在の原則を緩和してかかる行為者に完全な責任を問える構成を採用すべきである。すなわち、責任非難は行為者の最終的な意思決定に向けられるものであるから、実行行為が完全な責任能力ある状態での意思決定の実現であるといえる場合には、なお完全な責任を問うことができると解する。

 かかる場合といえるためには、原因行為の際に後の犯行に関する予見があり、原因行為と結果行為との間に因果関係が認められることが必要である。これに加えて、間接正犯類似説からは心神喪失状態の自分を道具として利用する意思(二重の故意)が必要になるが、結果行為説においては当然二重の故意は要件とならない。*2

 

 

過失犯の場合には、原因行為に過失を求めることができるため、原因において自由な行為の適用は不要です。*3

 

【論証:原因において自由な行為 実行行為の途中から心神喪失となった場合】

 実行行為の開始時に完全な責任能力が認められれば足りるとする見解もあるが、行為全てから生じた結果について責任を問うためには開始時のみ完全な責任能力が認められるだけでは十分でないと解するべきである。したがって、このような場合にも、原因において自由な行為の法理によってのみ責任が問われ得ると解される。*4

 

 

違法性の意識の要否

 

違法性の意識とは、自己の行為が違法であると知っていることをいいます。そして、「違法である」、つまり違法性の内容としては、行為が構成要件に該当する可罰的な刑法違反であること、とする見解が有力です。

 

「法の不知は許さず」という法諺の通り、かつての判例違法性の意識を不要とし、違法性の意識の可能性も犯罪の成否には無関係であるという立場をとっていました。

 

しかし、現在ではそのような考え方は責任主義に反するという批判が強く、最高裁違法性の意識を欠いたことに相当な理由があるかを問題にする方向を示すようになってきています。

 

【論証:違法性の意識の要否】

 現実の違法性の意識が必要と解すると、確信犯や行政犯を罰せられなくなるおそれがあり、妥当でない。一方、違法性の意識の可能性すら不要であると解しても、違法性を意識しなかったことについて相当の理由がある場合にまで責任を肯定するのは責任主義に反するため、妥当でない。そして、責任主義の要請から違法性の意識は必要と解すべきであるが、(故意責任の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、反対動機を形成することなくあえて行為に及んだことへの強い道義的非難にあるところ、)違法性の意識の可能性さえあれば反対動機の形成可能性は認められるから、現実の意識までは不要であり、違法性の意識の可能性が認められれば、故意犯が成立すると解する。

 かかる違法性の意識の可能性を責任故意の要件とする見解もあるが、違法性の意識の可能性という過失的要素を故意概念の中に入れることは故意と過失の混同であり、不当であるから、違法性の意識の可能性は独立の責任要素と解すべきである。

 そして、違法性の意識の可能性の有無は、事実認識があっても違法性を意識しないことに無理からぬ特別な事情があったかどうかという基準で判断する。*5

 

法の不知によって違法性の意識の可能性が否定されるのは極限的な場合に限られます。あてはめの錯誤(刑罰法規の解釈に関する錯誤)の場合には、判決や公的機関の公式の見解を信頼した場合に違法性の意識の可能性が否定され得ます。*6

 

上記のように、違法性の意識の可能性を独立の責任要素と理解する以上、違法性の意識の可能性が否定された場合には、過失犯成立の余地はなく、無罪となります。

 

 

誤想防衛

 

正当化事由の存在を誤想していた場合には、責任故意が阻却される余地があります。主に問題となるのは客観的には正当防衛が成立しないが、主観的には正当防衛となる場合です。このような場合を誤想防衛といいます。

 

【論証:誤想防衛】

 客観的には正当防衛に該当しないのに(「急迫不正の侵害」の不存在、防衛行為の相当性欠如等)、主観的には正当防衛に該当すると認識していた場合、違法性阻却事由である正当防衛に該当する事実を誤認していたのであるから、責任故意が阻却されるのではないか。

 ここで、故意責任の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、反対動機を形成することなくあえて行為に及んだことへの強い道義的非難にある。そして、故意の認識対象には正当化事由の不存在も含まれる(責任故意)と解されることを前提にすると、違法性阻却事由の存在を誤認している場合、規範に直面する余地を欠いているといえる。

 したがって、かかる場合には事実の錯誤として責任故意が阻却されると解する。*7

 

誤想防衛の場合、責任故意が阻却されるだけなので、違法性の意識の可能性が否定された場合とは異なり、過失犯成立の余地があることに注意が必要です。正当化事由を誤想したことに過失があれば、過失犯が成立します。

 

防衛行為の相当性を誤想していた場合は、客観的には過剰防衛の場合にあたります。そこで、誤想に過失がない場合には犯罪は成立しませんが、過失がある場合には過失犯が成立し、過剰防衛の規定の適用があると考えられます。*8

 

 

誤想過剰防衛

 

急迫不正の侵害の存在を誤想して防衛行為を行ったが、たとえ急迫不正の侵害が存在していたとしても防衛の程度を超えていた、という場合を誤想過剰防衛といいます。

 

【論証:誤想過剰防衛】

 【論証:誤想防衛】

 もっとも、過剰性を基礎づける事実の認識がある場合には、行為者の認識内容は過剰防衛にすぎず、違法性を基礎づける事実の認識があるといえるから、規範に直面していたといえ、責任故意が認められると解する。*9

 

過剰性を認識していた場合、責任故意が認められるため、完全な犯罪が成立します。そして、急迫不正の侵害が存在していないにもかかわらず反撃をしており、客観的には過剰防衛でもないため、36条2項は直接適用されません。そこで、同項が準用されるか否かが問題となります。

 

【論証:誤想過剰防衛への36条2項準用】

 過剰防衛における刑の減免の根拠は、急迫不正の侵害という緊急事態の下では恐怖・驚愕・興奮・狼狽などの異常な心理状態によって多少の行き過ぎがあったとしても行為者を強く非難することはできず、責任が減少することにある。

 そうだとすれば、正当防衛該当事実を誤認していた場合にもかかる責任減少は認められるから、36条2項の準用を肯定すべきである。*10

 

 

 

 

 

*1:基本p.217

*2:基本p.219,220,222~227、判例がいかなる法律構成で39条の適用を排除しているのかは明らかではありませんが、心神耗弱の場合にも適用排除を認めていることから、結果行為説に親和的であると考えられます。心神喪失の場合:大阪地判昭和51年3月4日〈百選38〉、心神耗弱の場合:最決昭和43年2月27日〈百選39〉

*3:基本p.227、最判昭和26年1月17日〈百選37〉

*4:基本p.228,229

*5:基本p.233~236

*6:東京高判昭和51年6月1日、最決昭和62年7月16日〈百選48〉

*7:基本p.239~243、広島高判昭和35年6月9日

*8:最判昭和24年4月5日

*9:基本p.244、最決昭和62年3月26日〈百選29〉

*10:基本p.244,245、前掲最決昭和62年3月26日