司法試験・予備試験実践論証

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【論証】会社法1総則

会社法総則は学習がおろそかになりやすい分野だと思いますが、出題の可能性はないとはいえないので、ポイントだけ抑えておくとよいと思います。

 

ここでは、重要と考えられる法人格否認の法理、名板貸責任、表見支配人、事業譲渡における譲受会社の責任(商号続用責任)について検討します。

 

 

 

法人格否認の法理

 

法人格否認の法理とは、法人格が法律の適用を回避するために濫用されり、あるいは法人格が全くの形骸に過ぎない場合に、具体的な事例において、会社がその構成員またはほかの会社と独立した法人格を有することを否定する法理です。*1

 

【論証:法人格否認の法理】

 法人格の付与は立法政策によるものであって、法的技術に基づいて行われるものであるから、法人格が全くの形骸に過ぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるような場合には、法人格を認めることは法人格というものの本来の目的に反するといえるから、法人格を否認すべきであると解する。

 具体的には、会社を支配している背後者が違法・不当な目的を有している場合には法人格の濫用が認められ得る。株主等による会社の完全な支配に加え、株主総会・取締役会の不開催法定手続の不遵守役員の兼任、会社と社員の財産・業務の混同等の形式的徴表が存在する場合には、法人格の形骸化が認められ得る。*2

 

論証では最高裁判例法理を採用しています。しかし、法人格否認の法理は不衡平を調整するための一般条項にすぎないため、包括的要件を立てるべきでない、として判例を批判する学説も有力であり、現在では多数説を形成するに至っています。この見解によれば、他の法律規定、契約解釈により解決し得る場合にはそれに依拠すべきこととなります。また、それが不可能な場合であっても、個々の実定法上の規範や制度趣旨を基準とした要件明確化が必要であると指摘されています。*3

 

このような見解が有力であることから、判例法理を用いるとしても、法人格否認の法理を安易に用いることは避けた方がよいかもしれません。

 

具体的に法人格否認の法理が問題となるのは、契約相手方の信頼保護の場面だけでなく、会社の義務潜脱防止(この場合には詐害行為、詐害的会社分割、21条責任などによる救済もあり得ます)、株主有限責任の否定(株主が法人格を隠れ蓑として支払いを免れようとした場合などに、法人格を否認して株主に支払いを求める場合です。この場合には株主による会社の搾取(会社財産が移転されているなど)、過少資本(資本金等が極めて少ないなど)が認められるかが重要な考慮要素となります)などの場面が考えられます。

 

 

名板貸責任

 

名板貸とは、自己の商号を使用して事業(「事業」と「営業」は同義と解して構いません)を行うことを他人に許諾することをいいます。「自己の商号」は厳密に同一でなくても、取引通念上誤認が生じ得るといえるものであれば足ります。「許諾」は明示・黙示を問いません。

 

法は名板貸を禁止してはいませんが、取引相手の保護のために、名板貸人が会社である場合には会社法9条、会社以外の者である場合には商法14条が一定の場合の名板貸人の責任(名板借人と連帯して当該取引によって生じた債務を弁済する責任)を定めています。

 

名板貸責任は、論証で見るように権利外観法理の一種であるので、①虚偽の外観、②外観作出についての帰責性、③第三者の信頼が必要となります。そこで、このような権利外観法理の一般的要件を明示して、①において商号の使用及び「事業」該当性、②において名板貸会社の許諾の有無、③において相手方の主観的要件を論じるということも考えられます。

 

【論証:名板貸責任 「事業(または営業)」】

 9条の趣旨は、取引の相手方が、名板貸会社がその事業を行うものと誤認して取引を行った場合に、かかる信頼を保護し、取引安全を図る点にある。

 そして、名板貸会社と名板借人の事業が同種のものでなければ原則として上記のような信頼が生じることはないから、特段の事情がない限り、名板貸会社と名板借人の事業は同種であることを要すると解する。*4

 

特段の事情は、誤認するおそれが十分にあった場合に認められます。判例では、同一店舗、同一印鑑、同一商号を使用していたという場合に、事業が同種でなくても同条の適用が認められた事例があります。*5

 

 

【論証:名板貸責任 相手方の主観的要件】

 9条の趣旨は~(【論証:名板貸責任 「事業」】と同様)

 上記のように同条が外観信頼保護(権利外観法理、表見法理)の規定である以上、相手方が悪意であれば保護に値しないため、同条の適用はない。また、相手方に重過失がある場合にも、悪意と同視できることから、同条の適用はないものと解すべきである。*6

 

 

また、名板借人が不法行為に基づく損害賠償債務を負った場合、名板貸人はかかる債務まで連帯して弁済する責任を負うかが問題となり得ます。

 

【論証:名板貸責任 不法行為に基づく損害賠償債務への適用】

 不法行為責任に基づく損害賠償債務は「当該取引によって生じた債務」にあたらず、9条の適用がないのではないか。

 ここで、9条の趣旨は~(上記と同様)

 そして、事実行為的不法行為については、上記のような信頼は生じ得ないのに対し、取引行為的不法行為取引行為の外形を有するため、取引の相手方には上記のような信頼が生じ得る。したがって、事実的不法行為に基づく損害賠償債務は「当該取引によって生じた債務」にあたらないが、取引行為的不法行為に基づく損害賠償債務は「当該取引によって生じた債務」にあたると解する。

 よって、名板貸会社は、取引行為的不法行為に基づく損害賠償債務については同条による責任を負う。*7

 

 

表見支配人

 

支配人とは、会社の本店又は支店の事業について包括的権限を有する者として会社から選任された使用人をいいます(10条、11条1項)。*8

 

論文で出題可能性があるとすれば表見支配人の規定(13条)の適用についてでしょう。

 

同条の規定は表見取締役の規定(354条)と同様に外観信頼保護の規定ですから、同条適用のためには保護に値する信頼が存在する必要があります。そこで、「本店又は支店」とは、営業所の実質を備えるものである必要があると解されます。また、相手方の主観的要件については善意無重過失が要求されます。*9

 

 

商号続用責任

 

事業譲渡については後の記事で詳しく検討しますが、事業譲渡が行われたとき、譲受会社が譲渡会社の商号を続用している場合には、譲受会社が譲渡会社の負う債務も連帯して負担します(22条1項)。(もっとも、事業譲渡後遅滞なく債務を引き受けない旨の登記又は通知をした場合にはかかる責任を負いません(22条2項)。答案ではこのような通知等を行っていないことを一言認定するとよいと考えます。)

 

また、譲受会社が債務引受の広告をした場合には、商号の続用がなくても、譲渡会社の債権者は譲受会社に対して債務の履行を請求できます(23条1項)。

 

そこで、譲渡会社の債権者が譲受会社に対して債務の履行を請求するためには、まず、債務引受け広告の有無を検討した上、商号続用責任を問えるか否かを検討することになります。

 

【事例】

A社からゴルフ場事業の譲渡を受けたY社に対して、A社の債権者であるXが債務の履行を請求する場合。Y社はA社と同一のゴルフ場の名称を用いて事業を継続している。Y社がA社の債権者に対してゴルフ事業が承継された旨の書面を交付している。

 

【論証:債務引受け広告】

 XはY社に対して本件債務の履行を請求することができるか。

 まず、XはY社が本件クラブの会員に対して、本件書面を送付していることから、これが「譲渡会社の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告」(23条1項)に該当するとして、同項に基づいて本件債務の履行請求をすることが考えられる。

 債務引受広告といえるためには、広告中に債務引受の文字が用いられている必要はないが、社会通念上、事業によって生じた債務の引受けがあったと債権者が信じるような内容が記されている必要がある。

 本件書面は、単に本件ゴルフ事業がY社に承継されたことを述べ、本件クラブ会員権をY社の株式に転換することを求めるものである。このような記載のみでは、A社の事業上の債務をY社が引き受けるとA社の債権者が信じるような内容を含むものとはいえない。

 したがって、同項に基づくXの請求は認められない。*10

 

判例は、通知が「単なる挨拶状」といえるような場合には、債務引受の趣旨が含まれないとしています。*11

 

 

そこで、Xとしては次に商号続用責任を問うていくことになります。論証で見るように商号自体の続用でない場合には、類推適用の可否が問題となります。

 

【論証:商号続用責任(事業の名称の続用)】 

 次に、XはY社が本件ゴルフ場事業を承継した後も従来と同じゴルフクラブの名称を使用していることから、22条1項の類推適用を根拠に本件債務の履行請求をすることが考えられる。

 本件債務は本件ゴルフ場「事業によって生じた債務」といえる。

 もっとも、Y社は取引通念上A社と同一の事業主体であるとA社の債権者が誤解する程度に類似する商号を使用しているとはいえないため、「商号を引き続き使用」しているとはいえない。

 そこで、商号ではなく、事業の名称を続用した場合に同項を類推適用することはできないか。

 同項は、同一の商号を用いたという帰責性ある承継会社の犠牲のもとに事業主体が同一であると信じた債権者を保護するという権利外観法理の一種である。そして、商号の続用が認められなくても、①ゴルフクラブ名称がゴルフ場の事業主体を表示するものとして用いられている場合において、②ゴルフ場の事業の譲渡がされ、譲渡人が用いていたゴルフクラブ名称を譲受人が継続して使用しているときには、③譲受人が譲受後遅滞なく当該ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り、会員において、同一の事業主体による営業が継続しているものと信じたり、事業主体の変更があったけれども譲受人により譲渡人の債務の引受けがされたと信じたりすることは無理からぬものであるから、譲受人は、上記特段の事情がない限り、22条1項の類推適用により譲渡人の債権者に対する債務を負うと解する。

 したがって、商号は続用されずとも、事業の名称が続用されている場合には同項が類推適用される。

 ゴルフクラブの名称は通常ゴルフ場施設を所有し経営する事業主体を表示するものとして用いられるから、本件においてもゴルフクラブの名称がゴルフ場の事業主体を表示するものとして用いられているといえる(①)。

 Y社は、事業譲渡によってゴルフ場事業を承継し、A社が用いていたゴルフクラブの名称を続用している(②)。

 Y社は譲受後遅滞なくゴルフクラブ会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したことはないが、本件書面を送付している。かかる事実が特段の事情に該当するか。

 本件書面の上記のような内容からは、Y社が、A社が従前の会員に対して負っていた義務を引き継がなかったことを明らかにしたものと解することはできず、本件書面の交付をもって特段の事情があるとはいえない(③)。

 したがって、同項の類推適用が認められる。

 よって、XはY社に対して本件債務の履行を請求することができる。*12

 

論証にあるような商号続用責任の趣旨(議論がありますが、判例・多数説はこの見解をとっています)からは、債権者が実際には譲受会社が債務を引き受けていないと知っていた場合には同項の適用(類推適用)はないと解すべきです。*13

 

 

同項は、事業が現物出資や会社分割によって承継された場合であっても類推適用されます。

 

【論証:商号続用責任(会社分割)】

 もっとも、A社は事業譲渡によってではなく、会社分割の方法により事業をY社に承継している。そこで、かかる場合にも同項を類推適用し得るか。

会社分割によって事業が承継される場合であっても、法律行為によって事業の全部または一部が別の権利義務の主体に承継されるという点においては事業の譲渡と異なるところはなく、上記のような債権者の信頼が生じることは同様であるから、上記の要件を満たせば会社分割の場合にも同項は類推適用されると解する。*14

 

 

 このような事例においては、法人格否認の法理、詐害事業譲渡の規定(23条の2)による救済も考えられます。答案上は適宜紹介する余地があると思われます。*15

 

 

 

 

*1:田中p.33,34

*2:最判昭和44年2月27日〈百選3〉、後藤元・同百選解説

*3:前掲後藤百選解説

*4:田中p.40、最判昭和43年6月13日

*5:前掲最判昭和43年6月13日

*6:田中p.40、最判昭和41年1月27日

*7:最判平成7年11月30日

*8:田中p.42

*9:最判昭和37年5月1日

*10:田中p.686、事例p.393、最判昭和29年10月7日

*11:最判昭和36年10月13日

*12:田中p.684、事例p.383~388、最判昭和38年3月1日、最判平成16年2月20日

*13:田中p.684、東京地判昭和49年12月9日

*14:田中p.684、最判昭和47年12月9日(現物出資の場合)、最判平成20年6月10日〈百選A37〉

*15:事例p.388~393