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【再現答案】令和元年司法試験民法

評価A 民事系 220.37 25位

 

第1 設問1

 1 前段について

 ⑴ 本件事故が発生した、平成30年6月7日時点での甲建物の所有者は請負人Bと注文者Aのいずれか。請負人が完成させた仕事の目的物の所有権の帰属が問題となる。

 ア ここで、請負は注文者のための契約であるから、請負人が完成させた仕事の目的物の所有権は常に原始的に注文者に帰属するとする見解がある。しかし、かく解しては、請負人は報酬を目的物の引渡しと引換えでなければ受け取れない(民法(以下、法名省略)633条)ところ、請負人の報酬請求権保護に著しく欠ける。

  そこで、原則として材料の提供者に原始的に所有権が帰属すると解すべきである。判例もかく解している。すなわち、注文者が材料の全部または大部分を提供した場合には原始的に注文者に所有権が帰属し、請負人が材料の全部または大部分を提供した場合には原始的に請負人に所有権が帰属し、引き渡しによって所有権が注文者に移転すると解する。

  甲建物についてはBが必要な材料を自ら調達しているから、甲建物の所有権は請負人Bに帰属するのが原則である。

  もっとも、上記のように目的物の所有権をいったん請負人に帰属させるのは、請負人の報酬請求権保護のためである。そうだとすれば、引渡し前に、又は仕事の完成前に報酬の支払が完了しているような場合には、報酬請求権保護の必要はなく、報酬の支払時、又は仕事の完成時に注文者に所有権が帰属するとしてよい。そして、かく解するのであれば、報酬の大部分が支払われているのであれば、報酬請求権保護の要請は低いから、上記と同様に注文者に所有権が帰属するものと解してよい。

 イ 本件契約においては、報酬は契約日に10%、着工日に30%、棟上げ日に40%、引渡日に20%が支払われることと定められている。そして、本件事故の起きる平成30年6月7日時点では、棟上げまで完了しており、AはBに対し、報酬全額の80%にあたる2億8800万円を支払っている。これは大部分の支払いが完了しているということができるため、仕事が完成した平成30年6月1日に、甲建物の所有権は原始的に注文者Aに帰属したといえる。

 ⑵ よって、本件事故のあった6月7日時点では、甲建物の所有者は注文者Aである。

2 後段について

 ⑴ まず、CはAに対し、709条に基づき、一般不法行為による損害賠償請求をすることが考えられる。

  一般不法行為が認められるためには、①権利侵害②故意・過失行為③損害④②と①、①と③の因果関係が必要で3ある。

  Cは傷害を負っているから、身体という法益が侵害されているといえる(①)。また、治療費の支出を余儀なくされており、損害が発生している(③)。

  しかし、物の所有者はその物によって他人の権利が侵害されることのないよう注意する義務を負うとはいえ、Aはいまだ甲建物の引渡しを受けていない。そのような注文者にすぎないAは所有者ではあっても原則として請負人の仕事によって第三者に生じた損害を賠償する責任を負わない(716条本文)。そして、仮にAの指図によって本件事故の原因となった建築資材が用いられていたとしても、同資材は定評のあるもので多くの新築建物に用いられており、検査漏れにより必要な強度を有しない欠陥品が流通していること、Bが仕入れた同資材が欠陥品であったことは予見することができないから、Aの指図には過失がないといえる(716条但書)(②不充足)。

  したがって、709条に基づく責任を問うことはできない。

 ⑵ 次に、CはAに対し、土地の工作物の所有者の責任(717条1項但書)を追及し、損害賠償請求をすることが考えられる。

   甲建物は土地上の建物であるから、「土地の工作物」といえる。

   「設置又は保存に瑕疵がある」という場合の「瑕疵」とは、土地の工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。そして、土地の工作物の通常有すべき安全性とは、当該建物の居住者や利用者等だけでなく、通行人等の第三者に対しても、その身体等に危険を生じさせないような安全性をいうと解する。甲建物には必要な強度を有しない建築資材が用いられ、震度5弱地震により一部が損傷して落下しており、通行人Cの身体に危険を生じさせているのであるから、上記の通常有すべき安全性を欠いているといえる。したがって、「設置又は保存に瑕疵がある」といえる。

   そして、Cは上記のように身体という法益を侵害され、治療費の支出という損害を被っている。

   上記のようにAには瑕疵について何らの過失もないが、土地工作物の所有者は被害者保護の観点から無過失責任を負うところ、甲建物の所有者Aは無過失を主張して責任を免れることはできない。

 ⑶ したがって、CはAに対し、土地工作物の所有者の責任に基づき、損害賠償請求をすることができる。

第2 設問2

1 Hの主張

 ⑴ Hは、本件売買契約に伴って賃貸人たる地位がHに移転しており、Hは乙建物について所有権移転登記を具備しているから、本件譲渡契約にかかわらず、Eに対し、賃料請求をすることができると主張する。

 ⑵ 賃貸借契約が対抗要件を具備している場合、賃貸目的物が譲渡されても、新所有者は賃借権を対抗されてしまうから、賃貸人たる地位が移転するとするのが当事者の合理的意思に合致する。また、賃貸人の目的物を使用収益させる債務は、所有者であればだれでも履行可能な没個性的な債務であるから、賃貸人たる地位の移転について賃借人の承諾は不要である。もっとも、賃借人の二重払いを防止するため、賃借人に対して賃貸人たる地位を主張するためには対抗要件たる登記が必要であると解する。

 ⑶ 本件賃貸借契約においては、Eに乙建物が引き渡されているから、対抗要件が具備されている(借地借家法31条)。したがって、Eの承諾の有無にかかわらず、賃貸人たる地位はHに移転している。そして、Hは乙建物の所有権移転登記を有しているから、Eに対して賃貸人であることを主張できる。

 ⑷ したがって、HはEに対して賃料請求をすることができると主張する。

2 Fの主張

 ⑴ Fは、本件譲渡契約に基づいて平成28年9月分から平成40年8月分までの賃料債権を取得しており、第三者対抗要件(467条2項)も有しているから、かかる債権の取得を第三者たるHに対しても主張することができ、Hに優先してEから賃料を受領することができると主張し、Eに対し、賃料を請求する。

 ⑵ Dは本件譲渡契約により債権をFに譲渡したことを、確定日付のある証書たる内容証明郵便で債務者Eに通知し、平成28年8月4日にかかる通知はEに到達しているから、この時点でFは債権譲渡の第三者対抗要件を具備したといえる。

   そして、本件売買契約はFの対抗要件具備に後れているから、FはHに対しても優先権を主張できる。

 ⑶ したがって、FはEに対して賃料請求をすることができると主張する。

3 私見

⑴ Fは本件譲渡契約によって本件賃貸借契約に基づく平成40年9月分までの賃料を有効に取得し、対抗要件まで具備している。にもかかわらず、賃貸目的物が事後的に売却されたことで有効に取得したはずの債権を失うとすれば、債権取引の安全を著しく害することになる。

  また、上記のようにHに賃貸人たる地位が移転するが、HはDの賃貸人たる地位をそのまま承継するものである。そうだとすれば、Dは本件譲渡契約によって、平成40年9月分までの賃料を取り立てる権限を失っているところ、Hはこのように債権取り立て権限を失った賃貸人たる地位を承継していることになる。

  そして、債権譲渡につき対抗要件が具備されていれば、賃貸目的物の譲受人は賃料債権を取得できないことは予想できるといえ、賃貸目的物の譲受人を不当に害するとも言えない。

  したがって、賃料債権の譲受人と賃貸目的物の譲受人の優劣は、債権譲渡の第三者対抗要件の具備と賃貸目的物の譲渡の先後によって決すべきであると解する。

 ⑵ Fは上記のように平成28年8月4日に本件譲渡契約に基づく賃料債権取得について第三者対抗要件を具備している。一方、Hが乙建物を買い受けたのは平成30年2月14日である。したがって、対抗要件具備が先行する本件譲渡契約による債権取得が優先される。

 ⑶ よって、Fの主張するように㋑が正当である。

第3 設問3

1 Hは、乙建物の収益ができないという錯誤によって本件売買契約は無効(95条)であり、本件売買契約が無効である以上、本件売買契約の存在を前提として締結された本件債務引受契約も錯誤により無効であると主張することが考えられる。

2 では、まず本件売買契約の無効を主張できるか。

⑴ア 売買契約の本質的要素は売買目的物及びその価額である(555条)。したがって、売買目的物の性状は本質的な要素ではなく、性状に関する錯誤は動機の錯誤にすぎない。そして、動機は意思の形成過程にすぎないから、動機の錯誤は原則として95条にいう「錯誤」には当たらないと解する。しかし、動機が明示または黙示に表示されて意思表示の内容となったといえる場合には、例外的に動機の錯誤も「錯誤」にあたると解する。

イ Hは本件賃貸借契約に基づき発生する賃料債権を取得できると考えて本件売買契約を締結しているが、実際には平成40年9月分までの賃料債権はすでに譲渡されているため、Hは平成40年10月まで乙建物を収益することはできない。したがって、Hは乙建物の収益性について錯誤に陥っているといえる。そして、売買目的物の収益性はその性状にすぎないから、Hの錯誤は動機の錯誤である。

  本件売買契約においては、乙建物の価格はその収益性を勘案して6000万円と定められている。そして、かかる価格決定はD,G,Hが同席した協議において決定されたのであるから、乙建物の収益性はD,H共通の認識として本件売買契約の前提となっていたといえる。したがって、乙建物が収益できるという動機が黙示に表示され、意思表示の内容となっていたといえる。

 ウ よって、乙建物の収益性に係る錯誤は「錯誤」にあたる。

 ⑵ア もっとも、錯誤により意思表示が無効となるためには、錯誤が「要素」に関するものでなくてはならない。

そして、「要素」とは、当該事項について錯誤がなければ意思表示をしなかったであろうし、取引通念上それが相当といえるようなものをいう。

 イ Hは、対抗要件を具備した本件賃貸借契約の対抗を受け、乙建物を自ら使用することはできないし、上記のように平成40年10月まではこれを収益することもできないのであるから、乙建物の客観的な価値は極めて低い。そうだとすれば、乙建物の収益性についての錯誤がなければHは6000万円という高額な金額で乙建物を買い受けなかったでろうし、また、それが取引通念上相当であるといえる。

 ウ したがって、かかる錯誤は「要素」の錯誤にあたる。

 ⑶ そして、DもHと同様に乙建物の収益性について錯誤に陥っているから、仮にHの錯誤について重過失が認められたとしても(95条但書)、Hは意思表示の無効を主張できる。

 ⑷ したがって、Hは本件売買契約の無効を主張できる。

3 では、本件債務引受契約の無効も主張できるか。

 ⑴ 本件売買契約が有効であるという錯誤は、債務引受契約の動機の錯誤にすぎない。しかし、乙建物を売却してその売買代金から本件債務を弁済するというスキームを提案したのはGであるし、Hもこれに応じて、D,G,Hの協議において本件売買契約と一体のものとして本件債務引受契約を締結したものである。したがって、本件売買契約の有効性は本件債務引受契約の前提となっていたといえ、協議において明示的に①の乙建物の売却と同時に②の本件債務の引受けが合意されているのであるから、動機が明示的に表示され、意思表示の内容となっていたといえる。

  したがって、かかる錯誤は「錯誤」にあたる。

 ⑵ そして、本件売買契約の代金額6000万円と同額の本件債務について、Hは売買代金の支払いに代えて債務引受をしているのであるから、本件売買契約が無効であると知っていれば当然にHはかかる債務引受を行わなかったであろうし、また、それが取引通念上相当であるといえる。

  したがって、かかる錯誤は「要素」の錯誤にあたる。

 ⑶ そして、Gも上記のように自らスキームを提案していることから明らかなように本件売買契約が有効であると共通の錯誤に陥っているから、仮に重過失があったとしてもHは意思表示の無効を主張できる。

 ⑷ したがって、Hは本件債務引受契約の無効を主張できる。

                              以上