司法試験・予備試験実践論証

予備試験合格・司法試験総合42位合格者作成の論証集。予備校講座の一歩先へ。

【論証】会社法5機関⑶取締役会

ここでは、取締役会に絡む論点として、取締役会決議を欠く取締役の行為の効力、瑕疵ある取締役会決議の効力について検討します。

 

 

 

取締役会決議を欠く取締役の行為の効力

 

「重要な財産の処分」

 

 

「重要な財産の処分」(1号)にあたり、取締役会決議が必要となる場合を例に、論証を作成しました。「多額の借財」(2号)の場合も同様です。

 

【論証:「重要な財産の処分」】

 

 362条4項各号の事項は、会社に多大な影響を与え得るため、その業務執行の決定を個別の取締役に委任することはできず、取締役会が行わなければならない。本件財産処分が「重要な財産の処分」(362条4項1号)にあたれば、取締役会の決議が必要であることになるところ、いかなる財産処分が同号に該当するかが問題となる。

 ここで、「重要な財産の処分」に該当するかどうかは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的処分行為の態様および会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきである。*1

 

割合について、この判決は総資産の1.6%の場合でしたが、基準としては「総資産の1%」を目安としてよさそうです。*2

処分行為の態様としては、相当の代価が得られるのかに注目すべきでしょう。*3

従来の取扱いとしては、「重要な財産の処分」にあたるべき案件を、従来その会社が取締役会決議を経ずに処理してきたとしても、そのような取り扱いによって適法になるということはありません。*4もっとも、取締役会規則で具体的な基準が定まっていた場合には(その基準に従って決議を経なかった場合には)、当然に適法となるとはいえませんが、何が会社にとって重要であるかをもっともよく知っている取締役会の判断を尊重しする必要があるため、規則の存在が特に重要な考慮要素になるというべきでしょう。*5

 

10億円の債務保証が「多額の借財」にあたるとした裁判例もあります。*6

 

 

決議欠缺取引の効力

 

上記の判断の結果、取締役会決議が必要であったということになると、取締役会決議を経ていない取引は無効なのではないか、という点が問題になります。

 

【論証:取締役会決議を欠く取引の効力】

 ここで、代表取締役には株式会社の業務に関する包括的代表権が認められることからすれば、取締役会決議が必要な取引を決議なくして行った場合であっても、かかる取引行為は、内部的意思決定を欠くにとどまるから、原則として有効であって、相手方が決議の欠缺について悪意または有過失の場合に限って無効となると解する(民法93条類推適用)。

 なお、362条4項が重要な業務執行について法定決議事項としたのは、会社の利益保護のためであるから、当該決議を欠くことを理由に取引の無効を主張できるのは、原則として会社のみである。その他の者は、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、無効を主張することはできない。*7

 

同様の枠組みは、代表者が自己の利益を図って業務執行権限内の行為につき会社を代表した場合(権限濫用行為)においても妥当します。*8

 

判例民法93条類推適用(心裡留保)説ですが、学説では取引安全に欠けることを理由として、会社法349条5項によって、悪意又は重過失がなければ相手方に対して無効を主張できない(代表権制限の場合と考える)とする見解の方が有力なようです。*9

 

法定の決議を欠く行為の効力について、判例が349条5項の問題(代表権の制限)と区別する(判例は代表権制限の問題を内部的制限の問題のみに限定している)のは、決議が必要であることは法定されている以上、相手方は決議の要否、有無について相応の調査義務を負うと解してもよい、との理由に基づくと考えられます。*10

上記の調査義務を課す理論的根拠を、取締役が終始監視するより、相手方にその都度相応の注意義務を課す方が社会的コストが安いことに求める見解があり得ます。もっとも、金融機関等であればそのようにいえても、中小企業にまでそのような義務を課すのは不公平であるというべきでしょう。*11

このような理由から、学説では法定決議を欠く行為の効力についても、349条5項の問題と捉える見解が有力なのだと考えられます。

 

もっとも、答案上は上記論証のように代表権制限の問題とは別問題としてよいと思います。

 

 

取締役会決議を欠いて新株発行が行われた場合については、以下の記事を参照してください。

 

shihouyobi.hatenablog.com

 

 

取締役会決議を欠いて株主総会の招集が行われた場合については、以下の記事を参照してください。代表取締役が招集した場合には取消事由、平取締役が招集した場合には不存在事由になります。

 

shihouyobi.hatenablog.com

 

 

瑕疵ある取締役会決議の効力

 

総論

 

取締役会決議の手続や内容に瑕疵がある場合、当該決議の効力はどのように判断すればよいのでしょうか。

 

【論証:瑕疵ある取締役決議の効力】

 取締役会決議に瑕疵がある場合には、株主総会の場合のような特別の規定はないため、私法の一般原則に従い、その決議は当然無効となるのが原則である。もっとも、法的安定の観点から、瑕疵が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないと認められる特段の事情があるときは、決議は有効となると解する。*12

 

判例は、取締役招集通知漏れの場合について、「その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情」がある場合に決議が有効となる、としており、たとえ瑕疵が重大であっても決議に影響がない場合には決議を有効とする立場に立っています。しかし、決議の結果に影響がなければ決議が常に有効であるとすると、多数派による違法・不公正な取締役会運営を助長しかねません。そこで、株主総会におけるのと同様に(裁量棄却を定めた831条2項を参照)、瑕疵の重大性をも考慮する見解が有力です。*13論証ではこの立場を採用しています。

判例の立場からは、反対派少数取締役を排除するためにあえてその者に招集通知をしないという場合にも、決議の結果には影響を与えないとして特段の事情が認められることになります。*14しかし、論証の立場からは、このような瑕疵は重大であるから、決議は無効となることとなりましょう。

 

特別利害関係人である取締役を議決に参加させて成立した決議について(369条2項違反)、当該取締役を除外してもなお決議の成立に必要な多数の賛成が得られている場合には、決議は有効とした判例もあります。*15もっとも、当該取締役を参加させることにより、他の取締役の判断が影響を受けるおそれがあることから、このような判断には疑問があります。

 

下級審判決では、他に、名目的取締役*16、辞表をすでに提出していた取締役*17に招集通知を欠いた場合、通知を受けなかった取締役以外全員で決議事項について事前の了解がなされていた事案*18、通知を受けなかった取締役が終了後に賛成の意図を表明した事案などで特段の事情が認められていますが、これらについてはいずれも特段の事情にあたるのか疑問を呈する見解があります。*19

 

また、特別利害関係取締役に対して招集通知を欠いた場合にも特段の事情が認められていますが、*20特別利害関係取締役の審議への参加を否定する通説からは、この結論は妥当といえます。

 

利益相反取引の承認決議がなされた取締役会について、取引の相手方たる取締役に対して通知を欠いた場合には、特段の事情が認められることに異論はありません。

 

 

「特別の利害関係を有する取締役」

 

取締役決議の瑕疵を論ずる際、369条2項の「特別の利害関係を有する取締役」がしばしば問題となります(特別利害関係取締役を議決に参加させたことが問題になることもあれば、特定の取締役に招集通知をしなかったことが問題になり、上記のように当該取締役が特別利害関係取締役であれば、軽微な瑕疵にあたることになる、といった場合もあります)。

 

意義

 

【論証:「特別の利害関係を有する取締役」】

 369条2項が「特別の利害関係を有する取締役」は議決に加わることができないとした趣旨は、「特別の利害関係を有する取締役」個人と会社の間の利害対立を事前に防止する点にある。そこで、「特別の利害関係を有する取締役」とは、当該決議について、会社に対する忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難と認められる個人的利害関係ないし会社外の利害関係を有する特定の取締役をいうと解する。*21

 

 

一般論としては、「特別の利害関係を有する取締役」はこのように定義されます。そして、具体的に、譲渡制限株式の譲渡承認、競業取引・利益相反取引の承認、会社に対する取締役の責任の一部免除、監査役否設置会社の会社・取締役間の訴訟における会社代表者を定める場合などにおける対象取締役が「特別の利害関係を有する取締役」にあたることについては争いがありません。*22

 

「特別の利害関係を有する取締役」にあたるかは、上記の論証の通り、「定型的に」判断されるので、答案に書く際は、いきなり当該取締役が「特別の利害関係を有する取締役」にあたるのかを書くのではなく、当該取締役が該当する類型の取締役(たとえば、利益相反取引の承認決議における利益相反取引の相手方となる取締役)が定型的に「特別の利害関係を有する取締役」にあたることを認定し、その上で、当該取締役がその類型にあてはまることを認定するようにしましょう。

 

 

代表取締役の解職決議の場合

 

では、代表取締役の解職の決議(選任の決議においては「特別の利害関係を有する取締役」にあたらないことは異論がありません)の場合、当該代表取締役は「特別の利害関係を有する取締役」にあたるのでしょうか。

 

【論証:「特別の利害関係を有する取締役」 代表取締役の解職】

 【論証:「特別の利害関係を有する取締役」】

 そして、代表取締役は、会社の経営、支配に大きな権限と影響力を有するところ、代表取締役から解職されるという場合には、当該代表取締役に対し、一切の私心を去って、会社に対する忠実義務に従い、公正に議決権を行使することは必ずしも期待し難く、むしろ自己個人の利益を図って行動することすらあり得る。

 したがって、このような場合の代表取締役は、「特別の利害関係を有する取締役」にあたると解する。*23

 

 

取締役の解任を株主総会の議案とする決議の場合

 

次に、最近裁判例が出ましたが、取締役の解任を株主総会の議案とする旨を取締役会において決議する際、解任対象取締役が「特別の利害関係を有する取締役」にあたるか、という問題があります。

 

【論証:「特別の利害関係を有する取締役」 取締役の解任】

 【論証:「特別の利害関係を有する取締役」】

 そして、取締役の解任を株主総会の議案とする決議において、解任対象取締役は、自己の解任議案が株主総会に提出されるか否かが決定される以上、自己の身分に係る重大な利害関係を有することは明らかであって、会社に対する忠実義務に従い、公正に議決権を行使することは必ずしも期待し難く、むしろ自己個人の利益を図って行動することすらあり得る。

 したがって、このような場合の解任対象取締役は、「特別の利害関係を有する取締役」にあたると解する。*24

 

もっとも、取締役の解任の場合は、上記の代表取締役の解職の場合と異なり(代表取締役の解職は取締役会が決定権限を有しています)、株主総会で可決されない限り、取締役の地位が奪われるわけではありません。そうすると、解職される代表取締役は取締役会決議によって直ちに不利益を受けますが、解任対象取締役は取締役会決議によって直ちに不利益を受けるとはいえません。また、仮に解任対象取締役に議決権を行使させた結果、当該決議が否決されたとしても、株主が株主提案権を行使して、あるいは株主総会を招集して、解任対象取締役の解任議案を提出することができます。*25

上記の裁判例を紹介した後、このような点を指摘して、解任対象取締役は「特別の利害関係を有する取締役」にはあたらない、とすることも十分可能だと思います。

 

 

「特別の利害関係を有する取締役」が審理に出席することの可否

 

 

取締役が「特別の利害関係を有する取締役」にあたる場合、当該取締役は、議決権行使ができないことは明らかですが、審理に出席することはできるのかが問題となります。

 

【論証:「特別の利害関係を有する取締役」 出席】

 369条2項が「特別の利害関係を有する取締役」は議決に加わることができないとした趣旨は、「特別の利害関係を有する取締役」と会社の間の利害対立を事前に防止する点にある。この趣旨をよくかなえるためには、「特別の利害関係を有する取締役」が取締役会の審理に出席することも許されないと解すべきである。同項が「議決権を行使することができない」とするのではなく、「議決に加わることができない」としたのも出席自体を禁ずる趣旨であると解される。*26

 

 

また、取締役が「特別の利害関係を有する取締役」にあたり、決議に参加できない結果、法定の取締役の員数(3名)を下回った場合に、たとえば残った1名が賛成を表明して決議成立と解してよいかが問題となり得ます。仮取締役(346条2項)の選任が必要とする見解もありますが、*27たとえ1名であっても有効と解してよいのではないでしょうか。*28

 

 

 

*1:最判平成6年1月20日〈百選63〉

*2:東京弁護士会会社法部編『新・取締役会ガイドライン』(商事法務、2011)p.143、中村直人編著『取締役・執行役ハンドブック[第2版]』(商事法務、2015)p.80

*3:前掲百選中東解説参照

*4:野山宏・最判解民事編平成6年度p.13

*5:田中p.225、江頭憲治郎『株式会社法[第6版]』(有斐閣、2015)p.409

*6:東京高判平成11年1月27日

*7:最判平成40年9月22日〈百選64〉、最判平成21年4月17日、田中p.235,236

*8:最判昭和38年9月5日、最判昭和51年11月26日

*9:落合誠一編『会社法コンメンタール⑻』(商事法務、2009)p.20〔落合〕

*10:稲葉威雄「商法改正と銀行取引(一)」金法1002号(1982)p.11

*11:前掲江頭p.432

*12:最判昭和44年12月2日〈百選65〉、田中p.229~231

*13:田中p.231

*14:東京高判昭和60年10月30日、高松地判昭和55年4月24日

*15:最判平成28年1月23日

*16:東京高判昭和48年7月6日

*17:東京高判昭和49年9月30日

*18:東京地判昭和56年9月22日

*19:前掲百選山田解説

*20:東京地判平成23年1月7日

*21:東京地判平成29年9月26日、前掲コンメp.292,293

*22:前掲コンメp.293、前掲江頭p.421注15

*23:最判昭和44年3月28日

*24:前掲東京地判平成29年9月26日

*25:弥永真生「本件批判」ジュリスト1516号(2018)p.3

*26:東京地判平成7年9月20日葉玉匡美編著『新・会社法100問』(ダイヤモンド社、2005)p.256

*27:稲葉威雄『改正会社法』(きんざい、1982)p.240

*28:河本一郎『現代会社法[新訂第9版]』(商事法務、2004)p.450