司法試験・予備試験実践論証

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会社法5機関⑸役員等の責任Ⅰ-任務懈怠責任(423条1項)

 

会社法最頻出分野の一つである、任務懈怠責任(423条1項)についてみていきましょう。任務懈怠責任を書く場合には、まず要件を明示して、それぞれの要件検討の中で論点を展開していきます。その意味で、本稿の目次のような形で頭を整理しておくとよいでしょう。

 

任務懈怠責任の要件は、①役員等の任務懈怠、②会社の損害の発生、③①と②との間に相当因果関係があること、④帰責事由があること*1です。

 

任務懈怠責任は役員等に課せられますが、ここでは、取締役の場合を念頭に論を進めます(他の役員等について同様の議論が基本的に妥当します)。

 

 

任務懈怠

 

 

この要件は、「任務」と「懈怠」に分けられますが、「任務」を確定すれば、当該任務を果たしていたかは事実認定の問題なので、論点として展開すべきは「任務」の問題となります(もちろん、答案においては「任務」を確定した後、その任務を「懈怠」しているといえるのかを詳細に認定する必要があります)。

 

 

取締役の任務=義務は、大きく善管注意義務(330条、民法644条)と法令・定款・総会決議遵守義務(355条(忠実義務とは異なる義務です。条文を確認してください))に分かれます。

 

 

善管注意義務

 

あまり実益のある議論ではないですが、善管注意義務と忠実義務(355条)との関係について、同質説と異質説があります。判例が、忠実義務は善管注意義務を敷衍し、一層明確化したものであるとし、同質説に立つことを明らかにしているため、ここは同質説で構わないと思います。*2

 

「会社のため」とは、会社の利益をなるべく大きくすることをいいますが、会社の利益は最終的に株主に分配されることになるので、善管注意義務の内容は、基本的には株主利益を最大化することといえます(株主利益最大化原則)。

 

もっとも、同原則には、いくつか留意点があります。

①取締役の法令遵守義務は会社・株主の利益に優先すること、②株主の利益を最大化するものであっても、過度に投機的な投資など、社会全体の利益を減少させる行為(モラルハザード)は禁じられるべきであること、③社会的に期待される行為は、株主の利益が減少するとしても許され得ること、などです。*3

 

 

CSR経営

 

ここで、③の一つの場合である、CSR経営(法令で要求される以上に社会・環境に配慮した経営)について検討します。

 

【論証:CSR経営】

 取締役がCSR経営を行うことは、会社・株主の利益を減少させるため、善管注意義務(330条、民法644条)に反するのではないか。

 たしかに、CSR経営は短期的にみれば会社・株主の利益を減少させるし、長期的に見たとしても、確実に会社・株主の利益を増加させるとはいえない。しかし、CSR経営は、社会全体の利益となるため、むしろ社会に期待されているといえる。したがって、取締役がCSR経営を行うことは、会社・株主の利益を減少させるとしても、相当な範囲では許容され、善管注意義務に反することはないと解する。*4

 

CSR経営は、会社の信用・評判を高めて長期的にみれば会社・株主の利益になるがゆえに善管注意義務に反しないとする見解もあります。*5しかし、問題文で長期的にみても利益増加がない、などと明示されてしまうとこの見解は使えないので、論証の見解を採用しました。

 

 

経営判断原則

取締役の経営判断については、経営判断原則が適用されるため、一般的には善管注意義務違反が認められるケースは非常に少ないといえます。

 

もっとも、監視義務違反のように、経営上の専門的判断に委ねられるとはいえない事項については、以下で述べるような経営判断原則の正当化根拠が妥当しないため、経営判断原則の適用はありません。*6また、会社と取締役の利害が対立している場合には、取締役が会社に不利益な判断をする危険が大きいため、経営判断原則は適用されません。*7さらに、取締役の法令違反行為が問題となる場合には、取締役の法令遵守義務が優先されるため、経営判断原則は適用されません(このときの過失判断については後述)。*8

 

また、銀行業については、経営判断原則が適用されないわけではありませんが、高い公益性ゆえに、取締役に認められる裁量の幅は通常の場合よりも狭いと考えられます。*9

 

【論証:経営判断原則】

 企業の経営にはリスクが伴うところ、経営の結果として会社に損害が生じたからといって、経営の専門家ではない裁判官によって安易に取締役の責任が認められるとすれば、経営が委縮し、会社・株主に不利益が生じるおそれがある。また、取締役を選任して経営を委ねた株主は、ある程度まで経営判断のリスクを引き受けたとみるべきである。

 そこで、経営上の専門的判断に委ねられる事項については、経営判断がされた当時における、当該会社の属する業界の通常の経営者の有すべき知見・経験を基準に、判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反にはならないと解する。*10

 

日本判例法理における経営判断原則では、判断の過程と判断の内容の合理性がそれぞれ審査されます。

判断の過程とは、経営判断に至るまでの情報収集や検討の過程のことをいいます。判断の内容とは、そのような情報収集に基づいて経営判断を行う際に、どのような選択肢があると想定され、その中から実際にどれが選択されたかのことをいいます。*11

 

上記のように、経営を後知恵で非難するのを防止することが経営判断原則の趣旨であるため、経営判断の合理性を審査する際には、当該取締役が判断当時に入手し得なかった事情を考慮することは許されません(例えば、問題となっている融資判断のあとに融資先の製品に不具合が発見され、大規模なリコールが必要となった結果、融資先が破産し、融資の回収が不可能になったという場合における製品の不具合という事情など)。

 

経営判断の場面においても、監視義務違反のところで詳述する信頼の権利が適用されます。すなわち、取締役が経営判断をする際には、疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、他の取締役や使用人、社外の専門家が収集・分析した情報を信頼することが許され、たとえ当該情報に誤りがあった場合でも、当該情報に依拠して経営判断を行ったことについて、善管注意義務違反の責任を負いません。*12

 

 

監視義務

 

取締役は、他の取締役の業務の執行について監視する義務を負いますが、この義務の根拠については、判例があるので簡単にでも論述する必要があります。 

 

【論証:監視義務(取締役会設置会社)】

 取締役会は会社の業務執行につき監視・監督権限(362条2項)を有するところ、取締役会の構成員たる個々の取締役も、会社に対し、他の取締役等の業務執行一般につき、これを監視し、適正な業務執行が行われるよう注意を尽くす義務(監視義務)を負う。各取締役には取締役会招集権限が認められている(366条)以上、監視義務の対象は取締役会に上程された事項に限られないと解すべきである。*13

 

監視義務の具体的内容としては、調査義務と是正義務があげられます。*14取締役の地位・権限の内容や当該事情の深刻さの程度にもよりますが取締役会で当該事情の調査・是正を求める、監査機関に報告する、といった対応が通常必要とされます。それ以上に、弁護士に相談する、事実を公にすることを代表取締役に迫る、あるいは自認するといった対応が必要となり得る、とする見解もありますが、*15こうした行為まで義務付けられる場合というのは、自己の調査権限の範囲内で重大な事情が生じた場合など、限定的といえるのではないでしょうか。*16

 

代表取締役には、平取締役とは異なって単独での調査権限があるため、平取締役より高度の監視義務を負う、とする下級審裁判例もあります。*17

 

 

上記の論証は取締役会設置会社の場合ですが、非取締役会設置会社の場合の監視義務はどうなるのでしょうか。

 

【論証:監視義務(非取締役会設置会社)】

 非取締役会設置会社においては、取締役各自が業務を執行し(348条1項)、会社を代表する権限を有する(349条1項、2項)。したがって、このような会社においては、他の取締役等の業務執行を監視する義務(監視義務)は当然に善管注意義務の一内容となると解する。*18

 

取締役会設置会社で、業務執行権限がない取締役については、監視義務の程度を軽減する余地があると考えられます。*19

 

 

このように、一般的には取締役に監視義務が認められるわけですが、具体的な場合において、他の取締役の業務執行をすべて監視することまで求められているわけではありません。他の取締役の業務執行を信頼してよい場合が認められます。

 

【論証:監視義務 信頼の原則(権利)】

 【論証:監視義務】

 もっとも、会社の業務が分担されている場合には、各取締役が他の取締役等の担当する業務の執行すべてを監視することは非効率であるし、現実的でない。そこで、他の取締役等の担当する業務については、その内容につき疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、適正に行われていると信頼することが許され、仮に当該他の取締役等が任務懈怠をしたとしても、監視義務違反の責任は負わないと解すべきである。*20

 

ただし、取締役等の任務懈怠が、後述する内部統制システムの不備により生じた場合には、内部統制システム整備義務違反の責任を問われることはあり得ます。*21

 

 

会社がグループ経営を行っている場合、親会社の取締役は、子会社の業務執行について、何らかの監督義務を負うのでしょうか。

 

【論証:監視義務 子会社】

 【論証:監視義務】

 もっとも、本件で任務懈怠を行ったのは、甲社取締役ではなく、子会社の乙社の取締役である。ここで、親会社取締役には子会社の業務執行についても監視義務が認められるか。

 たしかに、子会社は親会社とは別法人であるから、親会社の取締役は、子会社に指図して違法行為を行わせたといった特段の事情がない限り、監視義務違反の責任は生じないとも考えられる。*22

 しかし、親会社は子会社の経営から利益を得ており、子会社が損害を被れば親会社も損害を被るのであるから、親会社取締役は子会社の経営に無関心でいてよいとするのは妥当ではない。また、親会社取締役は、子会社の経営について直接の法的監督権限は持たないが、株式保有による影響力を行使して、業務を事実上監督することは可能である。

 そこで、親会社取締役は、親会社に対する善管注意義務の一内容として、子会社の業務を監督する義務を負うと解すべきである。もっとも、いかなる程度の監督をすべきかは経営上の専門的判断に委ねられる事項といえるから、子会社に対して行う監督の内容・程度については、親会社取締役に広い裁量が認められ、監督の内容・程度が著しく不合理といえる場合でない限り善管注意義務違反の責任は負わないと解する。*23

 

平成26年改正会社法が、内部統制システムを「株式会社の業務並びに株式会社及びその子会社からなる企業集団の業務の適性を確保する」体制と定めていること(362条4項6号等)も参考になります。

 

 

内部統制システム

 

事業規模が相当程度大きい会社では、取締役が自分で会社の業務の全部を監視することは非現実的になります。そこで、そのような会社の取締役は、善管注意義務の一内容として、会社の業務の適性を確保するために必要な体制(内部統制システム)の整備をする義務を負うと解されています。*24

 

会社法上は、大会社(2条6号)および委員会型の会社については、取締役(会)が内部統制システムの整備の決定をすることを明示的に義務付けています(348条3項4号・4項、362条4項6号・5項、399条の13第1項1号ロハ、416条1項1号ロホ)。

 

決定の内容としては、内部統制システムの大綱で足り、具体的な体制の整備については、各取締役に委任することができます。*25また、こうして委任した事項については上記の信頼の原則が働きます。*26

 

【論証:内部統制システム】

 取締役は、善管注意義務を尽くして内部統制システムを整備しなければならない。もっとも、対費用効果を考慮してどのような内部統制システムを整備するか否かは、経営上の専門的判断に委ねられる事項といえる。したがって、内部統制システムの整備については取締役に広い裁量が認められる。すなわち、内部統制システムとしては通常想定される不正行為を防止しうる程度の管理体制を整えていれば足り、これを下回るような著しく不合理な不備がある場合に限って善管注意義務に違反することになると解する。*27

 

内部統制システムの整備についての審査基準には、経営判断原則の枠組みを用いることが妥当と考えられます著しく不合理と認められる場合としては、管理体制の不備により法令違反の食品製造が繰り返された末、食中毒が発生した事例*28や、代表取締役が資金の不正利用を行ったにもかかわらず、当該代表取締役を解職せず、再発防止策も取らなかったために不正利用が繰り返された事例*29などがあげられます。

 

 

 内部統制システムの整備(構築、改善)義務については上記の論証で十分ですが、構築された内部統制システムの中で、個々の取締役がそれを機能させるべき職務を怠った場合には、運用義務違反が問われることがあります。このとき、上記のように他の取締役には信頼の原則が働きます。*30

 

 

従業員の引き抜き

引き抜きとは、会社・従業員間の雇用関係を、取締役が退任後に業務に従事する別会社との雇用関係に引き直すように働きかけることをいいます。このような引き抜きを、取締役が在任中に行った場合(退任後に行うことは、善管注意義務違反にあたらないことは明らかです)、取締役の利益と会社の利益が衝突することになるため、善管注意義務違反を生じるのではないかが問題となります。

 

【論証:従業員の引き抜き】

 従業員の引き抜き行為を行った場合には、それだけで、善管注意義務違反となるとする見解がある。*31

 しかし、引き抜きが当然に善管注意義務違反にあたると解することは、従業員を会社の財産としか見ない見解であり、妥当ではない。また、従業員がチーム単位で企業間移動をすることを認めた方が、組織の柔軟性確保に資するといえ、企業統治上経済的である。

 そこで、引き抜きが善管注意義務違反となるかどうかは、取締役の退任の事情取締役と従業員との関係会社に与える影響の程度等を考慮して、不当な態様のもののみ善管注意義務違反になると解すべきである。*32

 

東京高判平成元年10月26日は、人材の重要性(同判決の原審は「X社のコンピューター事業部のように主にプログラマーあるいはシステムエンジニア等の人材を派遣する業務にあっては人材こそが会社の唯一の資産ともいうべきもの」としています)も考慮していますが、このような事情を損害額の認定において考慮しているため、引き抜きがあれば直ちに善管注意義務違反に当たるという見解(厳格説)に立っていると考えられます(このように、厳格説に立つ場合には、不当勧誘説(論証の見解)で善管注意義務違反の有無において考慮するような事情は、善管注意義務違反と相当因果関係のある損害の認定のところで考慮されることになります)。*33

 

 

いずれの立場に立っても、取締役が退職を勧誘するには至らず、単に自分が退任して事業を始める意図であることを伝えただけでは、たとえそれが契機になって多くの従業員が退職したとしても、取締役の責任は生じません。*34

 

 

会社の機会の奪取

 

取締役が第三者から、会社の事業の部類に属する取引ではないものの(したがって、競業取引規制の問題にはなりません)、会社にとって有益たり得る資産ないし事業を取得する機会を提供された場合に、個人的にこれを取得することが許されるか、という問題です。

 

【論証:会社の機会の奪取】

 会社の新規事業の開発等に努めることも取締役の職務の一つであるから、取締役は、善管注意義務の一内容として、個人の資格で得た情報等を会社に提供する義務も負い得ると解する。もっとも、取締役の事業活動の自由への配慮も必要であるから、取締役の会社の機会の奪取行為が善管注意義務違反になるか否かは、会社の閉鎖性、当該取締役の社内的立場三者の意図等を総合的に考慮して判断すべきと解する。*35

 

上場会社等の公開型の会社は、広く業務展開を行う力があり、その可能性もありますし、特にその常勤取締役は、自己の能力のすべてを会社に捧げるべきといえるので、個人の資格で得た情報等を会社に提供する義務を高度に認めてよいと考えられます。*36

一方、将来の保障が必ずしもない中小企業の非同族の取締役にはそこまでの会社への忠誠を期待することは酷といえるでしょう。*37

 

会社の機会の奪取のような場合も含めて、取締役は一般的に株式会社の利益を犠牲にして、自己又は第三者の利益を図ることをしないという義務を負うと解されています(たとえば、取締役が職務上知った会社の営業秘密を、自己又は第三者のために利用することは禁じられます*38)。

 

 

法令・定款・決議遵守義務

法令・定款・決議違反行為(以下、法令違反の場合を念頭において論じます)については、法令違反があれば直ちに任務懈怠があったといえる、とする見解(二元説)と、法令違反行為が善管注意義務違反にあたる場合に任務懈怠があったといえる、とする見解(一元説)が対立していますが、二元説が判例・通説です。

 

もっとも、両説の対立は、主張立証責任の分担の対立にすぎないので、答案上はそこまで展開する必要はありません。

 

任務懈怠を構成する「法令」違反行為ですが、いかなる「法令」に違反することがこれにあたるのかが問題となります。

 

【論証:法令違反行為】

 会社は当然にすべての法令を遵守すべきであるところ、会社の法令違反を防ぐため、職務執行に際して会社を名あて人とするすべての規定を遵守することも取締役の会社に対する職務上の義務に属するといえるから、すべての法令違反行為が任務懈怠にあたると解すべきである。*39

 

「法令」を限定する説にたっても、結果においてそれほどの差はないという指摘もある*40ところなので、ここについてもそれほど厚く書く必要はないと考えられます。

 

 

二元説(通説)に立つ場合、法令違反行為があると直ちに任務懈怠が認められるので、善管注意義務違反の場合に経営判断原則の適用において考慮されるような事情は、帰責事由のところで考慮されることになります(後述)。

 

 

利益相反取引における任務懈怠

 

利益相反取引における取締役の任務

 

利益相反取引があった場合、423条3項により任務懈怠が推定されますが、これはあくまで推定であるので、利益相反取引の場合の取締役の「任務」がどのような内容のものであるのかは問題となります(推定を覆す事情があるか、というところで論じることが多いと思います)。

 

【論証:利益相反取引における取締役の任務】

 ここで、利益相反取引については、取締役と会社との利害対立の場面で会社財産を保護するという厳格な利益相反取引規制(356条、365条)の趣旨から、取締役としては、類型的に危険の大きい直接取引を行うことは原則的に避けるべきであり、手続を遵守してこれを行う場合であっても、それによって会社に損害が生じた場合には、そのような直接取引を行ったこと自体が任務懈怠になるとする見解もある。*41

 しかし、上記の見解のように、直接取引の場合に取締役に結果債務類似の責任を認めては、会社にとっても有用な直接取引をも萎縮させることになる。また、当該取引が取引当時の事情に照らして公正な条件で行われたにもかかわらず結果的に会社に損害が生じた場合に、当該取引が利益相反取引に該当することをもって会社がそのリスクを取締役に転嫁できるとすることは不合理である。したがって、利益相反取引の場面における取締役の任務は、取引時の状況に照らして公正な条件で取引を行うことであると解する。*42

 

この論証のように解すると、当該取引が客観的にみて公正な条件ではなかった場合、各取締役には任務懈怠が認められます。もっとも、取締役は、「自己のために」直接取引を行った取締役(428条1項、ここにいう「自己のため」がいかなる意味であるかは後述します)にあたらない限り、公正な取引が行われるように善管注意義務を尽くしたことを立証すれば、免責事由(「責めに帰することができない自由によるものであること」(428条1項))があったとして責任を免れることができます。

 

 

「自己のために」(428条1項)

 

428条1項は、「自己のために」直接取引を行った取締役は、免責事由を主張して責任を免れることはできない、と定めています。ここで、「自己のために」とはいかなる意義なのか、356条1項2号と同様に解してよいのかが問題となります。

 

【論証:「自己のために」(428条1項)】

 直接取引と間接取引の区別を明確にするために、428条1項においても(356条1項2号と同様に)「ために」は「名義において」という意味であるとする見解もある。*43

 しかし、428条1項が利益の帰属する者に厳格な責任を負わせるために定められたという趣旨をよくかなえるため、同項にいう「ために」とは、経済的効果の帰属先を示す「計算で」の意味であると解すべきである。*44

 

 

損害

 

損害の部分において、取締役の任務懈怠行為によって損害も生じたものの、利益も生じている場合(たとえば、取締役が違法な取引を行って会社に利益が生じた場合)に、利益額を損害額から控除(損益相殺)することが許されるか、ということが問題となります。

 

【論証:任務懈怠責任 損害 損益相殺】

 ここで、違法な行為によって得られた利益は損益相殺の対象にすべきではないから、原則としてこのような損益相殺は認めるべきではないが、行為の違法性が軽微な場合には、かえって損益相殺をしないことで取締役を不当に害することになるから、このような場合には、会社の損害額は、支出額だけでなく、行為によって会社に生じた利益をも総合考慮して認定すべきであると解する。*45

 

贈賄の場合には、賄賂の供与額が会社の損害とされ、贈賄によって会社が利益を得たとしても、損益相殺をすることはできないと考えられています。*46

 

 

因果関係

 

民法においては、相当因果関係説をとるか否かは議論のあるところですが、会社法の答案においては、因果関係については相当因果関係説をとるので問題ないと思います。

 

相当因果関係の有無が問題となるのは、上記のように引き抜きで厳格説をとった場合などです。

任務懈怠は認められるが、生じた損害のすべてを取締役に賠償させることが妥当ではないと感じられるときは、相当因果関係の有無を厚めに論じるべきでしょう(法令違反行為があったが、取締役に過失が認められない場合は、後述のように帰責事由の中で論じます)。

 

 

帰責事由

 

法令違反行為以外の任務懈怠は、義務の違反であるので、帰責事由(故意または過失)がない、ということは現実的には考えられません(きわめて限られた場合であると考えられますが、違法性阻却事由、責任阻却事由によって責任を免れることはあり得ます)。このような場合には、論じる実益はありませんが、要件を充足することを示すために一言、「上記のように取締役には義務に違反しているから、過失があるといえ、帰責事由が認められる」程度の記載をすることで足ります。

 

帰責事由の有無を論じるべきなのは、法令違反行為の場合です。

 

【論証:法令違反行為の場合の帰責事由】

 法令違反行為の場合には、直ちに任務懈怠が認められ、経営判断原則の適用がない。もっとも、少しでも法令違反の可能性がある行為はすべて禁じられるとするのは社会経済上不合理であるから、行為が違法であるかどうかが確実ではない場合に、法令違反のリスクを負担するという判断を取締役が行うことも許され得ると解すべきである。したがって、このような場合には、判断がされた当時における、当該会社の属する業界の通常の経営者の有すべき知見・経験を基準に、判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り、取締役には過失がなかったというべきであると解する。*47

 

このように、任務懈怠の有無の判断においては経営判断原則は適用されませんが、過失の有無のところで、経営判断原則と同様の考慮をすることになります。

 

取締役がこのような比較衡量判断をするにあたり、当該行為が違法とされる可能性の低さを考慮することは許されますが、当該行為が外部に発覚する可能性の低さを考慮することは許されません。*48

 

 

 

 

 

*1:④の要件は民法415条の場合と同様に消極的要件であり、役員等が任務懈怠が帰責事由によるものでなかったことを主張・立証すれば責任を免れることになります。もっとも、会社法の答案においては要件事実を意識して答案作成をすることは求められていないと思われるので、4要件を並列的に書いてしまってよいと思います。

*2:最判昭和45年6月24日〈百選2〉

*3:田中p.261~262

*4:田中p.263、江頭憲治郎=森本滋編集代表『会社法コンメンタール⑴』(商事法務、2008)p.88〔江頭〕

*5:鈴木竹雄『商法研究Ⅲ』(有斐閣、1971)p.325

*6:事例p.170

*7:大阪地判平成25年1月25日、東京地判平成15年5月22日、田中p.266,267

*8:事例p.170、落合誠一「株式会社のガバナンス⑺」法学教室319号(2007)p.57

*9:最決平成21年11月9日、田中p.267、事例p.167注16、森田果「我が国に経営判断原則は存在していたのか」商事1858号(2009)p.9,10

*10:最判平成22年7月15日〈百選50〉、東京地判平成16年9月28日、前掲百選50吉原解説、田中p.264~266、事例p.166~167

*11:東京地判平成17年3月3日、事例p.167

*12:東京地判平成14年7月18日、横浜地判平成25年10月22日、田中p.270

*13:最判昭和48年5月22日〈百選71〉、同百選梅本解説

*14:前掲百選梅本解説、神崎克郎『取締役制度論』(中央経済社、1981)p.119~

*15:江頭憲治郎『株式会社法[第7版]』(有斐閣、2017)p.474注5

*16:田中p.270,271参照

*17:大阪地判昭和38年1月25日、東京地判平成11年3月26日

*18:新潟地判平成21年12月1日

*19:東京高判昭和59年10月31日、前掲百選梅本解説

*20:大阪地判平成12年9月20日等、田中p.270

*21:田中p.270

*22:東京地判平成13年1月25日(会社法制定前の裁判例

*23:福岡高判平成24年4月13日〈百選53〉参照、田中p.274,275、舩津浩司『「グループ経営」の義務と責任』(商事法務、2010)p.155~158

*24:前掲大阪地判平成12年9月20日最判平成21年7月9日〈百選52〉

*25:相澤哲=葉玉匡美=郡谷大輔編著『論点解説新・会社法』(商事法務、2006)p.335

*26:前掲大阪地判平成12年9月20日

*27:前掲最判平成21年7月9日、東京高判平成20年5月21日等、田中p.273、佐藤丈文「会社法の内部統制システムと実務上の課題」『会社法施行5年理論と実務の現状と課題』岩原紳作、小松岳志編(有斐閣、2011)p.49

*28:名古屋高金沢支判平成17年5月18日

*29:阪高平成27年5月21日〈百選A29〉

*30:前掲百選52野村解説

*31:北村雅史「従業員の引き抜きと取締役の忠実義務」法学教室388号(2013)p.113~118

*32:東京高判平成元年10月26日、田中p.276、前掲江頭p.442,443

*33:前掲北村p.116,117

*34:東京地判平成5年8月25日

*35:阪高判平成6年12月26日、田中p.277、前掲江頭p.441,442

*36:北村雅史『取締役の競業避止義務』(有斐閣、2000)p.44

*37:前掲江頭p.442注6

*38:前掲大阪高判平成6年12月26日

*39:最判平成12年7月7日〈百選49〉

*40:前掲最判平成12年7月7日河合伸一補足意見

*41:北村雅史「競業取引・利益相反取引と取締役の任務懈怠責任」森本滋先生還暦記念『企業法の課題と展望』(商事法務、2009)p.238

*42:事例p.247,248、田中亘「利益相反取引と取締役の責任(下)」商事1764号(2006)p.4

*43:前掲論点解説p.326参照

*44:事例p.253、田中p.280、弥永真生『演習会社法〈第2版〉』(有斐閣、2010年)p.94

*45:東京地判平成5年9月16日(前掲最判平成12年の第一審)参照、事例p.175、近藤光男「批判」判例評論423号(判例時報1485号)(1994)p.50~51参照

*46:事例p.175、東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ[第3版]』p.217

*47:田中p.268、事例p.176,177

*48:田中p.268