【論証】会社法2設立
設立において論文で出題可能性が高いのは、出資の履行の仮装についての論点と設立中の発起人の行為の効果が成立後の会社に帰属するか否かという論点でしょう。
設立に関する責任(任務懈怠責任(53条1項)、出資の履行の仮装の場合の責任(52条の2第1項、102条の2第1項)、不足額填補責任(52条1項)、対第三者責任(53条2項)、疑似発起人責任(103条4項))も書くことがあり、重要ですが、これは条文を引いて責任を負うことを明示すれば足りることが多く、設立に特有の論点を展開する必要がある場合はあまりありません。
出資の履行の仮装
出資の履行が仮装された場合、かかる出資の履行は有効か否かが問題となります。預合いについては、刑事罰(965条)があることも指摘できるとよいと思います。出資の履行を仮装した場合には、当該発起人は改めて有効な出資を行う義務を負います(52条の2第1項)。出資の履行の仮装に関与した発起人等も連帯して当該額を支払う義務を負います(52条の1第2項3項)。責任の免除等についても条文で確認しておいてください。
【論証:見せ金の効力】
見せ金とは、発起人が第三者から金銭を借り入れて払込みを行った後、成立後の会社の代表取締役に就任して直ちに払込金を引き出し、当該借入金の弁済に充てる行為をいう。かかる見せ金が行われた場合、形式的には払込みが行われているものの、実質的には会社の営業資金は確保されていないため、払込みは無効となると解する。もっとも、払込みが見せ金にあたるか否かは発起人の内心の問題であるから、客観的事情から推知するしかない。具体的には、①会社成立後、借入金を返済するまでの期間の長短、②払込金が会社資金として運用された事実の有無、③借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等を考慮して判断すべきである。*1
【論証:預合いの効力】
預合いとは、発起人が払込取扱金融機関の役職員と通謀して出資金の払い込みを仮装する行為をいう。そして、預合いが行われた場合の払込みの効力については、一律に有効とする見解や一律に無効とする見解もあるが、行為類型に応じて具体的に考察すべきである。
発起人が払込取扱機関からの借入金で払込みをする一方、借入金を弁済するまでは払込金を引き出さない旨の合意をしたような場合には、会社の財産保護の観点から、払込み自体は実質的に行われている以上有効とし、返還制限の合意のみが公序良俗(募集設立の場合は64条)に反し無効であると解することにより、払込取扱金融機関に払込金の返還義務を負わせるべきである。
一方、発起人が払込取扱金融機関の役職員と通謀して同機関から借入れをして払込みを行い、会社成立後直ちに払込金を引き出し、借入金の返済に充てたような場合には、形式的には払込みが行われているものの、実質的には会社の営業資金は確保されていないため、払込みは無効となると解する。もっとも、この類型における払込みが預合いにあたるか否かは発起人の内心の問題であるから、客観的事情から推知するしかない。具体的には、①会社成立後、借入金を返済するまでの期間の長短、②払込金が会社資金として運用された事実の有無、③借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等を考慮して判断すべきである。*2
後者の例は見せ金にもあたり得ますが、通謀があれば預合いにもあたることになります。
簡単に書くときは、見せ金の場合と同様に会社の資本は確保されていない(資本充実の原則)ために無効である、とするのでも足りるかもしれません。
設立中の発起人の行為
設立中の会社
会社法は、会社の成立前に発起人が行った行為の効果が成立後の会社に帰属する場合があることを定めています。このような現象を説明するための概念が「設立中の会社」というものです。
【論証:設立中の会社】
株式会社は、設立の登記をすることによってはじめて法人として成立する(49条)。したがって、設立登記前の法律関係が成立後の会社に直接帰属することはないとも考えられる。しかし、かく解すると成立前に作成された定款が成立後の会社にも効果を及ぼしたり、財産引受けが行われた場合に成立後の会社が目的財産を取得したりするという現象の説明が困難になる。そこで、会社成立以前にも、発起人(募集設立の場合には引受人も)を構成員とする権利能力なき社団である設立中の会社が存在し、設立中の会社は実質的同一性を保ったまま株式会社になると解すべきである。したがって、発起人がその権限の範囲内において設立中の会社のために行った行為の効果は実質的に設立中の会社に帰属し、会社の成立に伴って、何らの手続を経ることなく成立後の会社に帰属することになる。*3
論証は同一性説を採用していますが、学説上は設立中の会社概念を否定する見解も有力です。*4もっとも、現状では答案上で同一性説を採用しても問題はないと考えられます。
上記の論証の見解からは、具体的な発起人の行為の効果が成立後の会社に帰属するか否かは、当該行為が発起人の権限の範囲内にあるか否かで決まります。以下、会社の設立自体に必要な行為、設立のために事実上必要な行為、開業準備行為、事業行為に分けて検討します。
会社の設立自体に必要な行為
会社の成立自体に必要な行為、または会社の成立それ自体を目的とする行為とは、定款の作成や設立時発行株式の割当てなど、設立のために法律上必要とされる行為です。
会社法の規定がある以上、発起人はこれらの行為を当然に行うことができます。すなわち、これらの行為は発起人の権限の範囲内といえます。
設立のために事実上必要な行為
設立のために事実上必要な行為とは、設立事務所を賃貸するとか、設立事務員を雇用するとか、募集設立の場合に募集広告を広告代理店に委託するような、設立事務の遂行のために事実上必要とされる行為のことをいいます。事業行為のために必要な準備行為(開業準備行為)との違いに注意してください。
このような行為を発起人が行った場合、その費用を設立費用として会社に求償することは当然に可能です(法定手続を経ることを条件として)。
争いがあるのは、発起人が行った行為の効果(債権・債務)を成立後の会社に直接帰属させることが可能かどうかです。
【論証:設立のために事実上必要な行為】
【論証:設立中の会社】
発起人が自己の名で支出した費用を設立費用(28条4号)として成立後の会社に求償することは、法定の手続きを経ている限り、当然に可能である。
では、発起人が設立中の会社のために行った行為の効果として、債務を成立後の会社に直接帰属させることができるか。
ここで、判例は、設立費用として変態設立事項の規制を満たした額の限度であれば可能であると解している。しかし、成立後の会社に帰属する範囲が定款の記載等という内部事情によって定まることになり、相手方の地位を不安定にすること、負担債務の総額が設立費用として定款に記載された額を超えた場合、会社への帰属範囲の判断が困難であることから、かく解するのは妥当ではない。
そこで、設立のために事実上必要な行為については、発起人がこれを行うことができ、かかる行為の効果は会社の成立によってすべて会社に帰属し、いわゆる超過額については、会社は発起人に対して求償できると解することも考えられる。*5
しかし、かく解すると、成立後の会社の財産的基礎が危うくなるおそれがある。したがって、設立中の会社のために事実上必要な行為は発起人の権限の範囲外であり、発起人は、かかる行為を設立中の会社のために行うことはできないと解すべきである。そうだとすれば、発起人が行った設立のために事実上必要な行為の効果は発起人に帰属し、発起人は法定の手続の範囲内で会社に求償することができるに過ぎないことになる。*6
開業準備行為
開業準備行為とは、成立後に予定する事業を円滑に開始するための準備行為をいいます。具体的には、従業員をあらかじめ雇い入れるとか、事業の宣伝広告活動をあらかじめ行う、といったことです。財産引受けについても開業準備行為の一種といえますが、明文があるため、これが発起人の権限の範囲内であることは明らかです。そこで、財産引受けとそれ以外の開業準備行為では論じ方が異なってきます。
財産引受け
上記のように、手続を経る限り、財産引受けが発起人の権限の範囲内であることは明らかです。そこで、問題となるのは、法定の手続を経ていない場合です。特にあり得るのは定款に財産引受けの記載がない場合です。
【論証:定款に記載のない財産引受け】
【論証:設立中の会社】
財産引受けについては、会社法に明定されている以上、法定の手続(28条2号、33条)に則って行われる限り、発起人の権限の範囲内であり、成立後の会社にその効果が帰属することは明らかである。
もっとも、本件財産引受けは定款に記載がない。そこで、定款の記載のない変態設立事項として、本件財産引受けは無効となるのではないか(28条)。
ここで、財産引受けの規定は成立後の会社保護のためのものであるから、定款に記載がなくても絶対無効とまですべきではなく、成立後の会社が追認する場合には有効とすべきであるとする見解もある。しかし、かく解しては、時間と費用を要する検査役による調査(33条)を回避することが可能になり、法が手続を法定した趣旨を没却することになってしまう。そこで、定款に記載のない財産引受けは絶対無効であり、成立後の会社が追認しても有効になるわけではなく、その無効は譲渡人の側からも主張できると解すべきである。
成立後の会社が当該財産の取得を望む場合には、相手方との間で改めて取得の契約を結ぶべきである。*7
改めて取得の契約が結ばれる場合、事後設立の規定(467条1項5号、309条2項11号)や重要財産譲受けの規定(362条4項1号)の適用がありうることに注意してください。
成立後の会社が代金を一部弁済、商品を販売・消費し、契約締結後9年を経過して初めて無効を主張した事例で、判例は、会社は信義則上無効を主張できない特段の事情があるとしました。*8
財産引受け以外の開業準備行為
【論証:開業準備行為】
【論証:設立中の会社】
財産引受けについては、明文上認められていることから、手続を経ている限り、発起人の権限の範囲内であることは明らかである。では、財産引受け以外の開業準備行為についても、発起人の権限の範囲内といえるか。
ここで、財産引受けと他の開業準備行為を特に区別すべき合理的理由はないことから、他の開業準備行為にも財産引受けの規定が類推適用され、その手続の履践を条件として発起人の権限の範囲内であると解すべきであるとする見解もある。*9
たしかに、かく解すれば、成立後の会社の財産的基礎が危うくなるおそれは小さいようにも考えられる。しかし、多種多様な開業準備行為について、その適正さを検査役がよく判断し得るか疑問であること、成立後に開業準備行為をすることも可能であり、あえて成立前にそれを行う必要性が小さいことから、会社成立自体に必要な行為のほかは、発起人において開業準備行為をすることはできず、法定手続を経た財産引受けのみが例外的に許されると解すべきである。*10
したがって、設立中に行われた開業準備行為の効果は成立後の会社には帰属しない。
もっとも、会社成立後に、成立後の会社が開業準備行為の効果が自社に帰属することを前提にした行動をとった場合、成立後の会社と相手方との間で、改めて当該契約と同内容の契約が黙示的に結ばれたと認められ、成立後の会社の責任が肯定され得る。*11
相手方保護のために、会社に請求できない場合であっても、発起人に対し、民法117条1項類推適用に基づいて請求をすることができるとした判例があります。*12
事業行為
【論証:事業行為】
本件取引の当時、A株式会社はまだ法人として成立していない以上、A株式会社がXに対し、取引上の債務を負担したと解することはできないのが原則である。
【論証:設立中の会社】
本件取引は事業行為にあたるところ、発起人は設立中の会社のために事業行為を行うことができるか。発起人の権限が事業行為についてまで及ぶか否かが問題となる。
ここで、会社法が一定の設立手続を経たうえでのみ株式会社の成立を認めているところ、かかる手続の履践前に事業行為が行えてしまうとすれば、手続が法定された意義が没却されてしまう。また、会社法は会社成立前に事業行為を行うことを禁じている(979条1項)。
したがって、事業行為を行うことは発起人の権限外であると解する。
よって、本件取引の効果はA株式会社には帰属せず、XはA株式会社に対して債務の履行を請求することはできない。
もっとも、YらはA株式会社の成立前から共同で事業を行うこと、それを発起人組合の目的とすることを合意したといえるから、本件取引による債務は組合債務としてYらが連帯して(商行為にあたる(商法511条1項、501条1号)ため)責任を負う。
したがって、XはYらに対して債務の履行を請求することができる。*13
本ブログでは、発起人が設立中の会社のために行える行為の範囲を狭くとらえていますが、もっとも広く考える見解においても事業行為それ自体を行ことはできないとされています。したがって、事業行為自体が発起人の権限の範囲内であるか否かについてはあっさりと済ませてしまってもよいと考えられます。
*2:田中p.571~573
*3:田中p.588
*4:事例p.69~89
*5:大隅健一郎=今井宏『会社法論(上)』(有斐閣、1991年)p.206
*6:田中p.592,593、大判昭和2年7月4日〈百選7〉、小林量・同百選解説、江頭憲治郎=森本滋編集代表『会社法コンメンタール(1)』(商事法務、2008年)p.321(江頭憲治郎)
*7:田中p.579(田中教授は反対説に立っていることに注意)、最判昭和28年12月3日
*9:久保田光昭・百選5解説
*10:田中p.591、江頭憲治郎『株式会社法[第7版]』(有斐閣、2017年)p.74注13、最判昭和38年12月24日
*11:東京高判平成元年5月23日