司法試験・予備試験実践論証

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【論証】会社法5機関⑵取締役Ⅲ

今回は、取締役の行為差止請求権についてと取締役の報酬についての諸論点を検討します。

 

 

取締役の行為差止請求権

 

要件

 

360条の取締役の行為差止請求の要件は、株式保有要件、損害要件(「著しい損害が生じるおそれ」、監査役設置会社等では「回復することができない損害」)、法令等違反行為の存在です。

 

ここで、「法令」が何を含むのか、具体的には、会社法以外の法令も含むのか、また、善管注意義務違反も含むのか、が問題となります。210条における「法令」と比較して記憶しておくことが大切です。

 

210条については以下の記事を参照してください。

 

shihouyobi.hatenablog.com

 

【論証:取締役の行為差止請求権 「法令」】

 360条の趣旨は、取締役が法令違反行為を行うことで会社に損害が生じようとしている場合に、会社の役員はその仲間意識から差止めを適切に行うとは限らないため、株主に差止請求権を保障して会社ひいては株主の利益の保護を図る点にある。

 そこで、「法令…に違反する行為」には、会社法以外の法令の規定に違反する行為や取締役の善管注意義務違反(330条、民法644条)の行為も含まれると解する。なぜなら、会社法以外の法令に違反する、または善管注意義務に違反する取締役の行為によっても会社が損害を被るおそれがあることは同様であり、差止請求権を認める必要性に変わりがないからである。*1

 

 

行為差止請求の場合にも、仮処分の申し立てを行うのが通常であるので、これも簡単に書けると加点があると思います。

 

【論証:取締役の行為差止請求権 仮処分】

 取締役の行為差止請求(360条1項)を訴訟で行うと、差止めが間に合わないおそれがあることから、Xは、取締役の行為差止請求権を被保全権利とする仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条2項)の申立てを行うことが考えられる。

 

 

判決(決定)違反の効力

 

次に、取締役の行為差止請求が認容された場合、取締役がこの判決(仮処分命令)に反して行為を行った場合の行為の効力が問題となります。

 

【論証:取締役の行為差止請求権 判決違反の行為の効力】

 違法行為の差止めを命じる判決(決定)は取締役に不作為義務を課すだけであり、かかる判決(決定)に違反してなされた行為も有効であるとする見解もある。しかし、かく解しては差止請求の実効性が著しく損なわれてしまう。そこで、対内的行為の場合には取引安全の要請が働かないため、当然に無効であり、対外的行為の場合も、相手方が差止判決(決定)について悪意の場合は無効と解すべきである。*2

 

 

報酬

 

報酬額の決定

 

取締役の報酬については、定款又は株主総会で定めなければならない(361条1項)とされています。

 

ここで、報酬の決定について、株主総会の決議で取締役会または代表取締役に一任することが許されるのか、という問題が生じてきます。

 

【論証:報酬額の決定の委任】

 361条1項の趣旨が、取締役が自己の利益を優先し、お手盛りを行うことで会社財産が流出するのを防止する点にあるところ、報酬総額の上限が決まっていればお手盛りの危険は避けられるため、株主総会において報酬総額の上限のみを定め、個人別の報酬額の決定については取締役会に委任することは許されると解する。また、一度株主総会で限度額を定めれば、限度額を変更しない限り改めて総会で決議することは必要でないと解する。

 判例は、上記と同様にお手盛りの危険がないとして取締役会が個人別の報酬額の決定を代表取締役に再一任することも適法であるとするが、報酬額の決定権を代表取締役に握られてしまっては、取締役会の監督機能(362条1項2号3号)が実質的に果たされなくなってしまうおそれがある。したがって、かかる再一任は許されないと解すべきである。*3

 

 

報酬規制の適用対象

 

報酬規制が、退職慰労金や使用人分給与にも適用されるのか、適用されるとすれば、特に考慮される要素があるのか検討します。

 

【論証:報酬 退職慰労金

 退職慰労金は、在職中に支払われるものでないことから、「報酬等」に含まれないとも考えられる。しかし、361条1項の趣旨が、取締役が自己の利益を優先し、お手盛りを行うことで会社財産が流出するのを防止する点にあるところ、残存取締役が有利な先例となることを期待して退職慰労金を恣意的に増額するというお手盛りに準じた危険があること、退職慰労金在職中の職務執行の対価たる性質も有することから、「報酬等」にあたると解する。

 では、退職慰労金の具体的金額の決定を取締役会に委任することは361条1項に反するか。

 退職取締役の数は限定されていることから、株主総会退職慰労金の額を定めるとすると、特定の取締役に支払われる退職慰労金の額が事実上明らかになってしまう。そこで、当該会社において退職慰労金についての一定の支給基準が確立しており、当該基準が株主にも推知し得るものになっている場合には、お手盛りの危険がないといえるから、具体的金額の決定を取締役会に委任することも許されると解する。*4

 

 

【論証:使用人分給与】

 361条1項が報酬を「取締役の…職務執行の対価」と規定していることから、使用人給与は当然にこれにあたらないとも考えられる。しかし、同項の趣旨が、取締役が自己の利益を優先し、お手盛りを行うことで会社財産が流出するのを防止する点にあるところ、使用人給与分が常に同項の報酬に含まれないとしては、取締役同士のなれ合いにより、使用人給与分を恣意的に増額するといった形でお手盛りが行われ、同項が潜脱されるおそれがある。そこで、使用人として受ける給与の体系が明確に確立されている場合に限って、株主総会において別に使用人として給与を受けることを予定しつつ、取締役報酬のみを決議することが許されると解する。*5

 

上記の判例を根拠に、実務では、株主総会では報酬に使用人給与分が含まれないことを明示した上で、取締役の報酬等の決議を行っています。

 

 

定款または株主総会の定めがない場合の報酬請求権

 

【論証:定款または株主総会の定めがない場合の報酬請求権】

 361条1項は報酬請求権の発生要件であると解されるから、報酬等について定款又は株主総会で定めなかった場合には、取締役は報酬等を受ける権利を有せず、もし受けた場合には会社に返還しなければならないのが原則であると解する。

 もっとも、報酬等の支払について株主全員の同意がある場合には、お手盛りの危険を防止するために報酬等を株主に決定させるという同項の目的が果たされているといえるため、報酬等の支給は適法・有効となると解する。また、支給後に株主総会追認した場合にも、同様に支給は適法・有効となると解する。*6

 

 

全員の同意がなくても、ほとんど(大半)の株式を有する株主が同意している場合には、信義則等(全株主の同意がある場合と同視できる、または、退職慰労金の返還請求が信義則に反する、または権利の濫用に当たる、との法律構成)から報酬保持を認める裁判例が多いです。*7

 

 

報酬の事後的変更

 

報酬の事後的変更については、著名な判例があるので、この判例の理解をベースとして、変更が許される場合はないのか、判例の射程を区切っていく作業が重要になると考えられます。

 

【論証:報酬の事後的変更】

 判例は、一旦定められた取締役の報酬を事後的に無報酬とすることについて、取締役の報酬額が具体的に定められると、それは会社・取締役の間の契約内容となり、両者を拘束するため、後に無報酬とする総会決議が行われたとしても、当該取締役がこれに同意しない限り報酬請求権は失われないとしており、このことは取締役の職務内容に著しい変更がある場合にも妥当するとしている。

 たしかに、取締役の身分及び報酬請求権については、会社法ある程度の保障を定めている(報酬について361条1項、任期について332条、解任の際の損害賠償の定めについて339条)ことから、職務内容に著しい変更があっても、そのことだけで報酬の減額を認めることは適切でない

 しかし、任用契約において、報酬が役職に応じたものであり、役職の変更によって減額されることが定められており、当該取締役がかかる報酬の減額に事前の同意を与えていた場合には、そのような契約内容に沿った減額は判例に反しないといえる。また、「正当な理由」がある場合には損害賠償なしに株主総会は取締役を解任できることから(339条2項)、このような正当な理由がある場合にまでは判例の射程は及ばず、総会決議による報酬の減額も認められると解すべきである。*8

 

 

 

*1:田中p.356

*2:田中p.356

*3:最判昭和60年3月26日、最判昭和58年2月22日、田中p.251,252

*4:最判昭和39年12月11日〈百選61〉、田中p.253

*5:最判昭和60年3月26日、田中p.255

*6:最判昭和56年5月11日、最判平成15年2月21日〈百選A17〉、最判平成17年2月15日、田中p.255,256

*7:東京高判平成7年5月25日、東京高判平成15年2月24日など。最判平成21年12月18日〈百選A18〉も参照

*8:最判平成4年12月18日〈百選62〉、事例p.58~61、江頭憲治郎『株式会社法〈第6版〉』(有斐閣、2015年)p.450注8参照、弥永真生「取締役の報酬の減額・不支給に関する一考察」筑波法政16号(1993年)p.51,58~参照