司法試験・予備試験実践論証

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【論証】刑訴1捜査⑴捜査法の基本枠組みⅡ

前回の記事で強制処分該当性と任意捜査の限界について検討したので、今回はこれらの判断枠組みによって実際の捜査方法がどのように判断されるのかを見てみましょう。

 

 

shihouyobi.hatenablog.com

 

 

具体的には、写真・ビデオ撮影、秘密録音、GPS捜査、おとり捜査、コントロールド・デリバリー、X線検査、留め置き、強制採尿、強制採血を取り上げます。

 

 

 

写真・ビデオ撮影

 

強制処分該当性の判断においては、被侵害利益の確定が大事になります。被侵害利益はたとえば「プライバシー」というように大雑把なものにとどめず、いかなる性質の法益がどの程度侵害されているのかを徹底的に分析する必要があります。*1

 

写真撮影においては、住居内の人を撮影するのと公道上の人を撮影するのでは被侵害利益が異なると考えられます。

 

中間的な事例の場合には、いずれに近いかを検討してください。

 

【論証:写真・ビデオ撮影】

 【論証:強制処分】

 

住居内の人を撮影する場合

 住居内の人を秘密裏に撮影する行為は、対象者の推定的な意思に反し、憲法35条により保障された重要な権利である私的領域におけるプライバシーの合理的な期待を侵害するものであるから、強制処分にあたる。*2

 

 

公道上の人を撮影する場合

 人が公道上にいる場合には、私的領域におけるプライバシーの合理的期待は認められないから、被侵害利益はみだりにその容貌等を撮影されない自由である。そして、公道上でも容貌等を勝手に撮影されることは対象者の意思に反するとしても、上記の自由は私的領域におけるプライバシーの合理的期待とは異なり、憲法35条により直接に保障されるものではなく、憲法13条に由来するものにすぎない。また、公道は人が他人から容貌等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所であるから、公道上でみだりに容貌等を撮影されない自由は強制処分に対する保護に値するほどの重要性を有する権利・利益とはいえない。

 したがって、かかる行為は強制処分にはあたらない。*3

 【論証:捜査比例の原則】

 

捜査比例の原則のあてはめについて*4

必要性:犯罪の重大性、被告人との同一性に関する判断の重要性、ビデオの方が情報として有用であること、などのを考慮します。

 

相当性(弊害の有無・程度):無関係の第三者が撮影されないように配慮されていたか、被撮影者の身体に強制力が加えられたか、撮影回数が複数回にわたり相当の時間が費やされたか、撮影が被撮影者に秘匿する態様で行われたか、撮影場所への立ち入り許可が得られていたか、撮影にいかなる種類の器具が用いられたか、などを考慮します。

 

 

秘密録音

 

両当事者に秘密で通信を傍受・録音する行為は通信傍受・録音といい、通信傍受法による規律を受けます。ここでは、それとは異なり、捜査機関が一方当事者となり、相手方の同意なしに録音する当事者録音や、通信・会話の一方当事者の同意を得て、捜査機関がこれを傍受し録音する同意傍受を取り上げます。

 

【論証:秘密録音】

 【論証:強制処分】

 会話内容の秘密性は会話の相手方にゆだねられており、同意傍受はまさにその相手方がそれを処分するものであるから、完全な意味でのプライバシーの侵害はなく、相手方の意思に反した重大な権利利益の制約がないため、強制処分には当たらない。

 もっとも、完全な意味でのプライバシー侵害はないとはいえ、会話の相手方のプライバシーあるいは会話の自由の侵害・制約を伴うことは否めないため、同意傍受を行う正当な理由があり、かつ、対象となる会話がプライバシーをそれほど期待し得ないような状況でなされる場合にのみ許容されると解する。*5

 

後段は比例原則を秘密録音の場合に適するように変形したものです。有力説はこの立場をとっていますが、原理的には同様なので捜査比例の原則の原型を用いてもよいと考えられます。

 

 

GPS捜査

 

GPS捜査については、近年極めて重要な判例が出たので、各種試験において出題されることが考えられます。

 

【論証:GPS捜査】

 【論証:強制処分】

 GPS捜査は、性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間にかかわるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にするところ、このような捜査手法は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものである。また、そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に密かに装着することによって行った時点で、上記のようなプライバシー侵害のおそれは生じているといえ、公権力による私的領域への侵入が認められる。

 かかる捜査手法は、合理的に推認される個人の意思に反しているといえる。

 また、憲法35条は、上記のような私的領域に「侵入」されることのない権利をも保障しているものと考えられる。そうだとすれば、GPS捜査により侵害される利益は、憲法の保障する重要な法的利益であるところ、本件GPS捜査は、重要な権利利益を侵害・制約する処分といえる。

 したがって、本件GPS捜査は、強制処分に該当する。

 そして、GPS捜査は、対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において、検証では捉えきれない性質を有し、「検証」(218条1項)にあたるとはいえない。また、GPS捜査が該当するような法定されている他の強制処分はない。

 よって、本件GPS捜査は強制処分法定主義(197条1項但書)に反し、違法である。*6

 

 

おとり捜査

 

対象者は、おとりの働きかけがあるとはいえ、自己の自由な意思決定に基づいて犯行に着手しているのであるから、おとり捜査は強制処分にはあたりません。そこで、捜査比例の原則の適用が問題となるのですが、いかなる法益を被侵害法益と捉えるかについて見解が分かれています。

 

まず、そもそもいかなる法益侵害も存在せず、捜査の公正や司法の廉潔性に反するから違法になり得る、とする見解があります。*7下級審裁判例で有力であった二分説(機会提供型は違法ではないが、犯意提供型は違法とする見解)は、捜査の公正・司法の廉潔性説に立っていると考えられます。*8

 

このような理解もあり得ないではないでしょうが、何らかの法益侵害があり得るのであれば、その点に違法性の実質を求めた方が直接的です。

 

では、法益侵害説に立つとして、いかなる法益が侵害され、または侵害されるおそれがあるのでしょうか。

 

ここで、侵害されるのは対象者の法益であり、被侵害法益は「公権力から干渉を受けない権利」とか、「国家の干渉を受けることなく独自に意思決定をする自由という…意味での人格的価値」であるとする対象者法益侵害説も有力です。*9

 

しかし、対象者は自律的に犯罪の遂行の意思決定を行っているのであり、犯罪意思の形成過程で他から働きかけを受けることのない自由は保護に値しないというべきであるとしてこの見解も批判を受けています。*10

 

そこで、論証ではおとり捜査の違法性の実質を国家機関が犯罪の創出に関与すること(対象者を介したおとりの活動自体の違法性)に求める保護法益侵害危険惹起説を採用しました。もっとも、対象者法益侵害説で書くことも十分に可能であると考えます。

 

【論証:おとり捜査】

 本件捜査は、捜査機関(の依頼を受けた捜査協力者)が、その身分及び意図を相手方に秘して犯罪を実行するよう働きかけ、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕し検挙するものであるからおとり捜査といえる。

 【論証:強制処分】

 

 対象者は、おとりの働きかけがあるとはいえ、自己の自由な意思決定に基づいて犯罪に着手しているのであるから、対象者の意思に反した重要な権利・利益の制約は認められず、おとり捜査は任意処分と解すべきである。

 もっとも、国家機関が犯罪結果発生の危険を自ら惹起し創出することは原則として許されないところ、おとり捜査は、当該捜査を行う必要性、緊急性及び惹起・創出される犯罪がもたらす法益侵害の性質・程度などを考慮し具体的状況の下で相当と認められる限度においてのみ許容されると解する。(高度の必要性及び不可欠性が必要)*11

 

判例は、少なくとも①直接の被害者がいない犯罪の捜査において②通常の捜査方法のみでは摘発困難な場合に③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、任意捜査として許容される、としています*12が、理論的にいかなる見解に立っているのかは明らかではありません。判例と同様の事案については判例の規範を用いて理解をアピールすることも考えられますが、個人的には上記の論証のみで対応できるため、無理に判例の文言を用いる必要はないと考えています。

判例が考慮するような事情はあてはめの中で考慮すればよいのではないでしょうか。*13

 

犯意誘発型か機会提供型かは必要性・緊急性で考慮します(犯意誘発型は必要性・緊急性否定)。対象者に対する働きかけの執拗さは三者に対する法益侵害の危険性を高める要素となります。直接の被害者がいないことは惹起・創出される犯罪がもたらす法益侵害の性質・程度で考慮します。

 

 

コントロールド・デリバリー

 

コントロールド・デリバリーとは、捜査機関が、禁制品の存在を把握しながらも、直ちにその所持者や輸入者を検挙することなく、そのまま追跡・監視を続け、その禁制品の届け先を確認した上で、一網打尽に関係者を検挙する捜査手法をいいます。本物の禁制品をそのまま運搬させるライブ・コントロールド・デリバリーと他の無害物品と入れ替えて運搬させるクリーン・コントロールド・デリバリーに分類されます。*14

 

コントロールド・デリバリーは、おとり捜査と同様に個人の人格的自律権を侵害するものではないため、強制処分にはあたりません。

 

また、ライブ・コントロールド・デリバリーではおとり捜査と同様の新たな犯罪、被害が生じるおそれがありますが、クリーン・コントロールド・デリバリーではそのようなおそれはありません。したがって、クリーン・コントロールド・デリバリーについては、何らの法益侵害も生じないといえます。そこで、捜査の公正・司法の廉潔性を害するか否かのみが問題となります。

 

ライブ・コントロールド・デリバリーについては、捜査機関が犯罪に関与するため、おとり捜査と同様の枠組みが妥当すると考えられますが、十分な監視体制が確保されていれば法益侵害が生じるおそれは小さいといえます。また、コントロールド・デリバリーはおとり捜査とはことなり、捜査機関の側から犯人に何らかの働きかけが行われるわけではないため、相当性も認められやすいといえるでしょう。

 

 

X線検査

 

【論証:X線検査】

 荷送人・荷受人の承諾なく、宅配業者の下にある荷物についてX線検査を行うことは、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の意思に反してその内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものである。

 したがって、X線検査は強制処分にあたる。

 そして、「検証」(218条)とは、一定の場所、物、人の身体につき、その存在や形状、状態、性質等を五官の作用によって認識する行為を強制的に行う処分をいうところ、X線検査はこのような性質を有するから、「検証」の一種であるといえる。

 よって、強制処分法定主義には反しない。もっとも、検証令状なく行われているため、令状主義に反し、違法である。*15

 

 

留め置き

 

【論証:留め置き】

  【論証:強制処分】

 留め置きにおいて問題となる被侵害法益は移動の自由であるが、本件留め置きは、甲が帰りたいという意思を強く表明した時点からは、甲が警察官の行動・言動によって心理的圧力を受け、その意思に反して長時間にわたってその場にとどまらざるを得なくなったのであるから、対象者の明示の意思に反して法定の厳格な要件・手続によって保護する必要のあるほどの重要な権利利益の制約を伴うものといえ、強制処分にあたる。

 そして、留め置きを定める明文の根拠はなく、留め置きは逮捕の要件を満たさずとも行われ得るという点で逮捕とはいえない。また、他の強制処分の類型にもあてはまらない。

 したがって、少なくとも強制処分となった時点からは、強制処分法定主義に反するため、違法となる。

 では、強制処分に至っていない段階の留め置きは適法か。

 任意処分にあたる留め置きといえども、被疑者の移動の自由の制約は伴うから、捜査比例の原則(197条1項本文)により、留め置きを行う必要性、緊急性等を考慮して、具体的状況の下で相当と認められる場合に限り許容されると解する。*16

 

留め置きが強制処分に該当する場合であっても、答案上は強制処分に該当するようになった以前の留め置きについても許容されるのか検討してください。

 

拒絶の意思が固く、任意同行の見込みがない場合は必要性に欠け、相当とはいえなません。もっとも、令状請求の準備に着手し、令状が発付される可能性が高い場合には、令状執行に備えた被疑者の所在確保という必要性が認められる場合があります。

 

 

強制採尿

 

強制採尿は、強制処分に該当することは当然ですが、人格への侵害の程度が著しいために比例原則によって相当とされる場合があり得ず、憲法13条に反するのではないか、という特有の問題があります。

 

学説では憲法に反し許されないとする見解が有力ですが*17判例が明示的に認めているので答案上は肯定説でよいでしょう。

 

また、憲法上許容されるとしてもいかなる令状が必要か、採尿のための連行は許されるか、という論点もあります。

 

【論証:強制採尿】

 強制採尿は、対象者の権利利益に対する侵害が著しいため、比例原則憲法13条参照)に照らし、およそ均衡を欠き、憲法上許容されないのではないか

 ここで、医師等により適切に行われる限り、身体上・健康上格別の障害をもたらす危険性は比較的乏しいこと、屈辱感等の精神的打撃は身体検査においても同程度の場合もあり得ることから、被疑事件の重大性嫌疑の存在証拠としての重要性・必要性代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合には、最終手段として、適切な法律上の手続きを経てこれを行うことも許されると解すべきである。

 そして、体内の尿の強制的採取は捜索・差押えの性質を有するため、捜索差押許可状によるべきであると解するが、人権の侵害にわたるおそれがある点では検証としての身体検査と共通であるから、218条6項が準用され、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠であると解する。

 また、採尿のための連行については、これを許さなければ強制採尿の目的を達することができず、裁判官は連行の当否をも含めて審査し、令状を発付していると解されるから、採尿に適する最寄りの場所まで連行することも強制採尿令状の効果として許容され、この際必要最小限度の有形力を行使することもできると解すべきである。*18

 

第一段では、強制処分にも捜査比例の原則が適用されることを前提として、同原則に照らして強制採尿が適法となる要件を定立しています。

 

 

強制採血

 

【論証:強制採血】

 強制採血は、対象者の権利利益に対する侵害が著しいため、比例原則憲法13条参照)に照らし、およそ均衡を欠き、憲法上許容されないのではないか

 強制採血は、身体内部への侵襲は通常の場合軽度で済み、強制採尿と異なり生理現象を他人がコントロールするという面も小さいため、人格の尊厳の侵犯というほどの権利利益侵害には至らない。したがって、強制採血を行う必要性を考慮した上で、医学的に適切で安全性を保証される方法・手順が履践されるのであれば、必ずしも常に許されないわけではない。

 また、強制採血にあたりいかなる令状が必要であるかが問題となるが、身体検査令状(218条1項後段)のみでは、身体内部への侵入を伴う強制採血を行うことはできず、鑑定処分許可状(225条、168条1項)では、225条4項が139条を準用する172条を準用せず、225条4項が準用する168条6項は139条を準用していないために、直接強制ができない。さらに、尿とは異なり血液は人体に不可欠の構成要素であるから差押えにはなじまず、捜索差押許可状によることもできない。そこで、鑑定処分許可状と身体検査令状を併用すべきであると解する。*19

 

唾液や毛髪の採取、胃腸内のレントゲン検査などについてもほとんど同様の議論が妥当します。

*1:古江p.21、酒巻匡「捜査に対する法的規律の構造⑵」法教284号(2004年)p.68

*2:古江p.21,22、前掲酒巻p.68 

*3:古江p.21,23、最判昭和44年12月24日、最決平成20年4月15日〈百選8〉洲見・同百選解説

*4:前掲最決平成20年4月15日第1審、原審、東京地判平成元年3月15日、京都地決平成2年10月3日

*5:リークエp.177,178

*6:最決平成29年3月15日〈百選30〉、井上正仁・同百選解説

*7:最決平成8年10月18日大野・尾崎反対意見

*8:東京高判昭和62年12月16日

*9:三井誠『刑事手続法⑴[新版]』有斐閣,1997年p.89、大澤裕(他)『演習刑事訴訟法有斐閣,2005年p.180

*10:酒巻匡「おとり捜査」法教260号(2002年)p.106

*11:古江p.150、前掲酒巻p.106

*12:最決平成16年7月12日〈百選10〉

*13:伊藤栄二・百選10解説参照

*14:リークエp.185

*15:リークエp.147、最決平成21年9月28日〈百選29〉

*16:最決平成6年9月16日〈百選2〉

*17:リークエp.157

*18:リークエp.155~160、最決昭和55年10月23日〈百選27〉、最決平成6年9月16日〈百選28〉

*19:リークエp.161