【論証】刑訴1捜査⑵捜査の端緒
捜査機関が捜査を行うのは「犯罪があると思料したとき」(189条2項)です。そして、その前提として犯罪発生の情報を何らかの方法で取得する必要があります。このように、捜査機関が特定の犯罪事件の存在に関する嫌疑を抱くきっかけのことを捜査の端緒といいます。
ここでは、捜査の端緒となり得る行為のうち、問題となることが多い職務質問に関連する論点を検討します。
職務質問
職務質問のように、特定の犯罪に関する嫌疑を抱く以前に行われる捜査機関の活動を、捜査と区別して行政警察活動といいます。行政警察活動も国家機関の行為ですから、当然に比例原則に服します(警察比例の原則、警職法1条2項参照)。
もっとも、捜査と行政警察活動とでは、制度上の目的が異なるため、必要性・相当性判断にはおのずから差異が生じます。
職務質問の要件は警職法2条1項に定められています。以下のような論点を展開する際にも、まず同項の要件を満たしているかを検討し忘れないようにしてください。
職務質問における有形力の行使
【論証:職務質問における有形力の行使】
職務質問のためには対象者を「停止させ」ることができる(警職法2条1項)が、甲は職務質問において有形力を用いている。そこで、「停止させ」るために有形力を行使することが許されるか、またその限界が問題となる。
ここで、仮に有形力の行使が一切許されないとすれば、何らの権利・利益の侵害もないのであるから根拠規定は不要のはずであるが、これは警職法2条1項が職務質問の相手方を限定して質問、停止措置ができると定めていることと整合しない。
したがって、一定限度の有形力行使は同項を根拠規範として許されると解すべきである。
そして、同2条3項は職務質問における強制処分を禁じていると解される。また、強制に至らない手段であっても、警察比例の原則(同1条2項参照)にかんがみその行使には一定の限界がある。
そこで、対象者の承諾がない場合であっても「身柄拘束」や「意に反する連行」(同2条3項)に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、許容される場合があり得ると解すべきであり、その限界は当該手段の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況の下で相当といえるか否かによって判断すべきものと解する。*1
まず、有形力行使は侵害的行政活動であるため、法律の留保の原則から、根拠規定が必要となります。これが「ここで、」以下の段落で述べられていることです。次に、根拠規範があるとしても、2条3項が職務質問における強制処分一般を禁じていると解されることから、有形力行使が強制処分にわたる場合には同項に反し、違法となります。そして、職務質問も国家機関の行為である以上、当然に比例原則に服するので、強制処分にわたらないとしても、相当性を欠く場合には違法となります。このように、強制処分該当性→比例原則という2段階の審査を経るのは捜査の場合と同様です。
「停止させて」という文言が有形力行使の根拠となるとする見解もあります。しかし、任意同行について定める同条2項はこの文言を用いていないところ、任意同行の場合には有形力行使が認められないこととなりますが、これは不均衡であるため、疑問です。
職務質問の実効性確保のために有形力行使が必要であるという理由付けをする答案も見られますが、必要ならば根拠規範がなくても有形力行使をしてよいというのは、法律の留保原則を無視するもので、妥当とはいえません。*2
警職法2条1項が有形力行使の根拠規範となることを論証中で必ず明示しましょう。
職務質問のための措置
【事例】
Pは、Xが宿泊代金を支払いをしないことに加え、覚せい剤使用者のような異常な挙動を示しているとの情報を得て、Xが宿泊しているホテルの客室のドアをたたいて声をかけたが、返事がなかったため、ホテルの支配人の許可を得て無施錠の外ドアを開けて内玄関に入り、内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上あたりに足を踏み入れ、Xの抵抗を排してソファーに30分間押さえ続けた。
【論証:職務質問のための措置】
そもそも、管理者の同意があれば、警察官は職務質問を行うためにホテルの客室に宿泊客の承諾なく立ち入ることが許されるか。
ホテルの客室は住居に準ずる場所であるから、宿泊客のプライバシーは高度に保護され、宿泊客の意思に反して客室に立ち入ることは原則として許されない。そして、通常の宿泊客とはみられない状況にあったとしても、なお宿泊客はプライバシーを喪失するとまではいえず、直ちに警察官の立入り等が適法になると解することはできない。
では、警察官がドアの隙間に足を踏み入れ、ドアが閉められるのを防止した措置は適法か。
警察官は無銭宿泊の疑いの他、薬物使用のことも念頭に置いて職務質問を行うこととしたにとどまり、特定の犯罪についての高度の蓋然性に基づいて活動しているとまではいえないため、本件の警察官の行動は行政警察活動であり、警職法の規律を受ける。
職務質問の要件(不審事由)充足
もっとも、警職法は「停止させて質問することができる」(2条1項)としているところ、足踏み入れ行為は「停止させて質問する」には当たらず、同項に基づいて行うことはできないとも考えられる。
しかし、その場において質問を継続するために論理必然的に必要となる行為は、職務質問に付随する行為として警職法2条1項に基づいて行うことが許され得ると解する。
そして、警職法は強制処分を禁じている(2条3項)し、警察比例の原則の範囲内で職務質問を実施することを求めている(1条2項参照)。
したがって、職務質問に付随する行為は、強制処分にあたる場合には違法となり、強制処分にあたらない場合でも、当該行為の必要性、緊急性等を考慮して具体的状況の下で相当といえる場合に限り許容されると解する。*3
あてはめ
ドアの押し開けは強度の有形力行使であるが、身体の自由を奪うものではなく、足の踏み入れも敷居上あたりにとどまっている。したがって、強制処分とはいえない。
Xは通常の宿泊客とはみられず、覚せい剤使用が疑われる状況であり、不審事由が認められる。したがって、必要性・緊急性が強く認められる。一方で、ドアの押し開け、足の踏み入れによって制約される法益はそれほど大きくない。
したがって、これらの行為については相当といえ、適法。
内玄関への立入り、ソファーに押さえ続ける行為も上記と同様にして相当性を審査します。
これらの行為について、判例は、立入りは相当性肯定、押さえつけは否定しています。
ホテルの支配人の許諾があるため、宿泊客のプライバシーが保護に値しないとすれば、そもそもPの行為は何らの法益侵害を惹起するものではなく、適法となります。そこで、第一段ではXのプライバシーが保護に値するものであるかを検討しています(ホテルの部屋に特有の問題)。
捜査か行政警察活動かによって適用される法律が刑訴法となるか警職法となるかが異なってくるため、この事例のように微妙なときは忘れずにいずれにあたるか認定してください。
職務質問の付随行為(所持品検査)
所持品検査については、相手方が凶器を所持しているおそれが認められる場合にそれによる危害を排除する目的で行われるなどの場合にのみ許容され、犯罪の嫌疑解明目的での所持品検査は許されないとする見解も有力ですが、判例・実務は許容説に立つので、判例に則って答案を書く方が安全だと考えられます。
【論証:所持品検査】
PはXの承諾なくXのバッグを開披して中身を検査しているところ、かかる承諾のない所持品検査は適法か。
所持品検査自体は、職務質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果を上げるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、警職法2条1項による職務質問に付随する行為として行うことができる。
そして、所持品検査は任意手段である職務質問の付随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾の限度でこれを行うのが原則である。
しかし、仮に承諾のない所持品検査が一切許されないとすれば、何らの権利・利益の侵害もないのであるから根拠規定は不要のはずであるが、これは警職法2条1項が職務質問の相手方を限定して質問、停止措置ができると定めていることと整合しない。
したがって、一定の場合には、承諾のない所持品検査も同項を根拠規範として許されると解すべきである。
そして、同2条3項は職務質問における強制処分を禁じていると解される。また、強制に至らない手段であっても、警察比例の原則(同1条2項参照)にかんがみその行使には一定の限界がある。
そこで、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、許容される場合がありうると解すべきであり、その限界は所持品検査の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況の下で相当といえるか否かによって判断すべきものと解する。*4
バッグのチャックを明けて内部を一瞥したに過ぎない場合には、捜索に至らず、強制にわたることもなく、相当性も認められるとしてよいでしょう。*5
一方、X線検査が強制処分にあたるとした最決平成21年9月28日との整合性から、バッグの中に手を入れて、内容物を逐一確認する、あるいは内容物を取り出して点検するといった手段を用いた場合には、捜索に至っている、あるいは強制にわたっている、として、必要性の高さにかかわらず(2段階目の比例原則の審査に入るまでもなく)違法になると考えられます。*6
自動車検問
自動車検問(一斉検問)については、その根拠規定を何に求めるかについて見解が分かれています。警察法2条、警職法2条1項に求める見解がありますが、通説は根拠規範が存在しないと理解しています。
【論証:自動車検問】
一斉検問について、その根拠規定を警察法2条、警職法2条1項に求める見解がある。しかし、警察法は組織規範であるから、侵害的行政活動の根拠規範とはなり得ないし、一斉検問は不審事由の有無にかかわらず行われるから、警職法2条1項の要件を満たしていなくても行われるものといえ、直接の根拠規範は存在しないものと解すべきである。
したがって、一斉検問において侵害的行政活動は許されず、交通違反の多発する地域等の適当な場所において、短時分の停止を求めて質問するにとどまり、相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる場合にのみ許容されると解する。*7