司法試験・予備試験実践論証

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【論証】刑訴2公訴⑴公訴の基本原則

まず、検察官の公訴権の行使について、一罪の一部起訴と公訴権の濫用を検討します。次に、公訴提起の手続・効果にかかわる問題として、訴因の特定、起訴状一本主義について検討します。

 

 

一罪の一部起訴

 

 【論証:一罪の一部起訴】

 公訴は罪の全部に及び、分割は許されないこと(公訴不可分の原則)、一部起訴を認めると、裁判所の審判の範囲もそれに限定されてしまうため、実体的真実発見の要請に反する結果になることから一罪の一部起訴は許されないとする見解もある。

 しかし、当事者主義のもとでは訴因をどのように構成するかは検察官に委ねられているというべきである。また、法は検察官に犯罪の全部について不起訴の裁量(起訴猶予の裁量)を認めている(起訴便宜主義、248条)のであるから、検察官が立証の難易等諸般の事情を考慮して一罪の一部についてのみ公訴権を行使することも、合理的な訴追裁量の範囲内といえるのであれば許されると解する。

 一般に、一部起訴は全部起訴よりも被告人に有利であるから、検察官の公訴権の行使が合理的な訴追裁量の範囲を逸脱して違法となるといえるのは、原則として、公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合よりもさらにいっそう極限的な場合に限られると解すべきである。もっとも、親告罪について告訴がない場合に一部起訴がなされると、審理の過程で親告罪にあたる事実が明らかになるおそれがあり、法が親告罪とした趣旨に反するといえるから、このような一部起訴は許されない。また、明らかに殺人罪が認められるのに暴行罪で起訴するよう場合のように、一部起訴があまりに正義に反する場合にも、許容されない。そして、いわゆるかすがい外しのように被告人に不当に不利益をもたらす一部起訴は訴追裁量権の逸脱といえ、許されない。*1

 

答案上ここまで展開することはほとんどないと思います。前提論点として出てくるときは、許容される根拠及び許されない場合程度を書いておけば大丈夫だと思います。

 

裁判所は、一部起訴が違法となる場合には公訴提起が違法・無効であることを理由に原則として公訴棄却すべきとするのが通説です。*2

 

上記のように違法となる場合を厳格に限定する見解からは、違法に至らない程度の合理的裁量の逸脱の場合は、釈明とともに、訴因変更の勧告や命令を行うべきです。*3かすがい外しのときも、裁判所は検察官にかすがい部分の訴因の追加を促し、検察官がそれに応じないときに初めて公訴棄却すべきです。(刑の量定に限ってかすがい部分を審理判断すべきという見解もあります。*4

 

上記の論証とは異なり、当事者主義は根拠たりえないとする見解もあります。*5

 

 

訴因外の事実

 

一罪の一部起訴が許されるとした場合、裁判所の審判範囲は訴因の部分に限られます。そうすると、訴因外の事実が刑の成立等に影響を与える場合であっても一切これらを考慮することはできないのか、という問題が生じてきます。

 

論証では、抵当権設定行為が先行している場合の横領罪について(いわゆる横領後の横領)、先行する抵当権設定行為を審理することができるか、というケースを例にとっています。

 

【論証:訴因外の事実】

 【論証:一部起訴の適法性】

 では、一部起訴がなされた場合、裁判所は抵当権設定行為が先行しているという訴因外の事実を審理することはできるか。

 ここで、一部起訴が適法とされる以上は、裁判所の審理は当然に当該訴因に制約され、訴因外の事実が認められれば当該訴因が独立しては処罰の対象とならない場合であっても、裁判所は当該訴因事実自体についてのみ審理判断すれば足りるという見解もある。

 しかし、実体法上犯罪が不成立となる場合にも訴訟法上有罪判決を下さなければならないとするのは妥当でない。また、訴因事実についての審理は、訴因記載の犯罪の成否を判断するための審理に他ならないのである。したがって、一部起訴が許される場合であっても、訴因に係る犯罪の成立を否定する訴因外の事実の有無についても裁判所は審理すべきであると解する。

 上記のように横領後の横領は共罰的事後行為であり、先行する抵当権設定行為は訴因に係る横領罪の成立を否定する事実ではない。したがって、かかる場合において、裁判所は訴因である売却横領行為についてのみを審判対象とすべきであり、先行する抵当権設定行為の有無というような訴因外の事実を考慮すべきではない。*6

 

 

公訴権の濫用

検察官の公訴権の行使が、公訴権の濫用にあたり、無効になるのではないか、ということが問題になるのは、従来から嫌疑なき(嫌疑不十分の)起訴、不起訴相当の起訴、違法捜査に基づく起訴の三場面であるとされてきました。ここでも、この三類型に分けて検討します。

 

嫌疑なき起訴

 

ここでは、嫌疑の十分性が訴訟条件となるかが問題となります。すなわち、これを訴訟条件とすると、嫌疑なき起訴は訴訟条件を欠くことになるので、違法無効であり、公訴棄却され得ることになります。一方、訴訟条件でないとすれば、単に有罪の心証を抱けないにとどまるため、無罪判決を言い渡すべきことになります。

 

【論証:公訴権の濫用 嫌疑なき起訴】

 嫌疑の十分性を訴訟条件とすると、実体審理と訴訟条件の審理が重複してしまうことから、嫌疑の十分性は訴訟条件ではなく、したがって、裁判所は公訴棄却ではなく無罪判決をすべきであるとする見解もある。

 しかし、公訴がその対象者の権利・利益に重大な影響を与える訴訟行為であることから、合理的判断過程により有罪と認められる嫌疑がないのに公訴を提起ないし維持することは、「正当な理由」に基づかない違法・無効な権限行使というべきである。したがって、嫌疑の十分性は訴訟条件であると解すべきである。

 もっとも、「正当な理由」のない訴追を受けない権利は被告人に属するものであるから、被告人が自ら放棄することも可能である。したがって、裁判所は、被告人が再起訴を覚悟の上で手続打切りを望むのであれば公訴棄却を、被告人が有罪・無罪の実体判決による終局的処理を望むのであれば実体判決を行うべきである。*7

 

 

不起訴相当の起訴

 

【論証:公訴権の濫用 不起訴相当の起訴】

 裁判所は、訴訟条件が具備されている限り実体審判をしなければならないとする見解もある。

 しかし、検察官が起訴にかかる広範な裁量を認められているとはいえ、裁量権の行使について考慮事項が列挙されていること(248条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきであること、刑訴法上の権限行使は濫用にわたってはならないこと(1条)から、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合があり得ることは否定することはできない。

 もっとも、上記のように検察官の裁量は広範なものであるから、公訴提起が無効となるのは、公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られると解すべきである。*8

 

微罪起訴については比例原則違反、平等原則違反として手続打切りの是非を論じるべきとする見解もあります。*9

 

 

 

違法捜査に基づく起訴

 

【論証:違法捜査に基づく起訴】

 たしかに、個別の捜査手続の違法により直接に公訴の違法・無効を根拠づける根拠は困難である。そこで、検察官が、捜査機関の違法な捜査活動を抑制すべきであるという意味での客観的義務の履行を怠り、起訴猶予すべき事案を起訴したとして不起訴相当の起訴の一類型に位置付ける見解もある。

 しかし、仮に捜査手続に違法があるとしても、それが必ずしも公訴提起の効力を失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかである。もっとも、将来の違法捜査抑止のために、違法の程度が著しい場合には裁判所が制裁的に手続きを打ち切ることを認めるべきである。*10

 

 

訴因の特定

公訴とは、被告人に刑事責任が発生した旨の主張ですから、その対象事実である訴因の記載においては、刑事責任が発生する理由を明示し、他の事件と区別して特定することが必要です。前者が論述における①、後者が②となります。

 

また、訴因の特定の有無を論じるにあたっては、訴因の特定と256条3項の「できる限り」の関係を整理しておくことが大事です。ここでは、256条3項は、訴因が特定されていることを前提として、特に被告人の防御にとって重要な事項については、さらに「できる限り」具体的に罪となるべき事実を特定することを求めているものと解します。*11

 

【論証:訴因の特定】

 まず、訴因の特定のためには、構成要件に該当する具体的な事実たる「罪となるべき事実」を記載する必要がある(256条3項)のであるから、当然に①被告人の行為が特定の構成要件に該当するかどうかを判定するに足る程度に具体的事実を明らかにすることが必要である。

 また、訴因には審判対象の限定及び画定(識別)機能と防御範囲の明示(防御)機能がある。そして、審判対象の限定及び画定がなされれば同時に防御範囲の明示もなされると解されるから、訴因は②他の犯罪事実と識別可能な程度に事実が記載されることを要する。*12

 

訴因の特定がなされていない場合には、裁判所は釈明を行わなくてはならず(義務的求釈明)、検察官が応じないときには公訴棄却すべきです。*13これは、公訴棄却判決には一事不再理効生じないため、訴訟経済の観点からはおよそ補正の余地がない場合を除き、一旦補正を促すべきであるからです。*14

 

包括一罪の場合、包括一罪関係にある各行為それぞれを識別する要請がないので、 個々の行為を特定するまでの必要はなく全体として特定する包括的記載で足ります。*15

 

覚せい剤使用事犯においては、当該期間及び場所において、被告人が他にも覚せい剤を使用した可能性は否定できず、特定の使用行為の識別は困難です。そこで、尿の採取に先立つ最後の使用が起訴されたものとするならば(このように検察官が釈明すれば)識別は可能であり、特定に欠けるところはないと解すべきです。*16

 

 

概括的記載

 

【論証:訴因の特定 概括的記載】

 本件起訴状には犯行の日時、場所、方法等につき概括的記載がされているため、訴因の特定に欠け、あるいは256条3項の「できる限り」の具体的事実記載の要請に反し、違法ではないか。

 【論証:訴因の特定】

 

 本件起訴状には~

 したがって、訴因の特定に欠けるとはいえない。

 もっとも、審判対象のなお一層の具体化と防御の範囲のより一層の明確化のために、「できる限り」具体的な事実の記載が求められている(256条3項)ところ、概括的記載を行う場合には、③犯罪の種類、性質等の如何により、日時、場所、方法等を詳らかにすることができない特殊事情があることが必要であり、かかる事情なく概括的記載をすることは256条3項に反すると解する。*17

 

判例は、特殊事情の存在を訴因の特定の要件としているようですが*18、わかりやすさ及び論理性から上記の通りの学説を採用しました。

 

256条3項に反しても、訴因が特定されていれば公訴提起が無効とはならず、単に違法となるにとどまります。*19

 

 

「共謀の上」

 

共謀の身に関与した被告人の共謀共同正犯の訴因について、実行行為のみを「日時、場所及び方法を以て」特定し、共謀の事実については「共謀の上」とのみ記載することが実務では多く見られます。このような記載が許されるのか、共謀の事実についても「日時、場所及び方法を以て」特定することが必要なのではないかが問題となります。

 

【論証:訴因の特定 「共謀の上」】

 【論証:訴因の特定】

 共謀共同正犯においては、他の共犯者による実行行為さえ特定されていれば、他の犯罪事実との識別は可能であるから、「共謀の上」との記載のみで足りるとする見解もある。

 しかし、上記のように、審判対象確定のためには訴因において構成要件該当事実を明示して公訴の対象事実が「罪となるべき」法律的・事実的理由を示す必要もある(①)ところ、共謀のみに関与した被告人については、公訴の対象事実が「罪となるべき」法律的・事実的理由は共謀への関与の点のみに求められるのであるから、共謀の事実の内容をも特定すべきであると解する。*20

 

簡単に済ませたいときは反対説だけでも十分だと思われます。

 

他にも、共謀とは、謀議行為ではなく犯罪の共同遂行の合意と解するべきであるから、謀議行為は実行行為時の共同遂行の合意を推認させる間接事実にすぎず、訴因の特定に不可欠な、特定の構成要件に該当する具体的事実たる「罪となるべき事実」にはあたらないため、謀議行為の日時、場所、内容は訴因の特定にとって不可欠ではないため、かかる記載でも訴因の特定に欠けることはない、とする見解もあります。*21

 

 

検察官の釈明

 

裁判所の求釈明に応じて、または検察官が自発的に釈明した場合、当該釈明内容が訴因の内容となるのかが問題となります。

 

【論証:検察官の釈明】

 訴因の特定に不可欠な事項について検察官が釈明した場合には、釈明が訴因の内容をなすが、訴因の特定に不可欠とはいえない事項について検察官が釈明した場合には、釈明は訴因の内容となることはないと解すべきである。*22

 

 

起訴状一本主義

裁判所の予断を防止するため、刑訴法は起訴状一本主義を定めています(256条6項)。起訴状一本主義に関して生じる問題として、脅迫文書等の内容を引用する場合と被告人の前科を記載する場合があります。

 

【論証:起訴状一本主義 脅迫文書】

 256条6項は裁判官の予断を排除し、公正な判決を確保する趣旨で起訴状一本主義を定めており、これに反した公訴の提起は無効であり、判決により棄却される(338条4号)。

 では、文書が脅迫の手段・方法として用いられた場合に、その「内容を引用」することが許されるか。文書の内容自体が訴因を構成し得るため、訴因明示の要請(256条3項)との調整が問題となる。

 恐喝における害悪の告知は犯罪構成事実に属する。また、その趣旨が婉曲暗示的であり、要約適示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状に脅迫文書の前文とほとんど同様の記載をしたとしても、それは要約適示と大差なく、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれもない。したがって、かかる記載も256条6項に反しないと解する。*23

 

 

【論証:起訴状一本主義 被告人の前科】

  256条6項は裁判官の予断を排除し、公正な判決を確保する趣旨で起訴状一本主義を定めており、これに反した公訴の提起は無効であり、判決により棄却される(338条4号)。

 では、起訴状に被告人の前科を記載することが許されるか。

 公訴に係る犯罪事実と同種の前科を記載することは、両者の関係からいって、公訴犯罪事実につき、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項の記載にあたるため、原則として256条6項に反する。

 もっとも、前科であっても、それが公訴犯罪事実の構成要件となっている場合や公訴犯罪事実の内容となっている場合には、公訴犯罪事実を示すのに必要であるから、これを記載することはもとより適法であると解する。*24

 

 

*1:最決昭和59年1月27日、古江p.172,173,178~183、リークエp.214、杉田宗久・百選[第8版]p.90、上口裕『刑事訴訟法[第3版]』(成文堂、2012年)p.214、酒巻匡「公訴の提起・追行と訴因⑴」法教298号(2005年)p.69、三井誠『刑事手続法Ⅱ』(有斐閣、2003年)p.158

*2:田口守一「訴因と審判の範囲」新・刑訴法の争点p.131

*3:古江p.180

*4:古江p.183、香城敏麿「訴因制度の構造(中)」判例時報1238号(1987年)p.6

*5:古江p.173

*6:古江p.175~177、川出敏裕「訴因による裁判所の審理範囲の限定について」『鈴木茂嗣先生古稀祝賀論文集(下)』(成文堂、2007年)p.322

*7:リークエp.273

*8:最決昭和55年12月17日〈百選38〉、リークエp.275

*9:リークエp.275

*10:最判昭和44年12月5日、リークエp.277,278

*11:リークエp.229

*12:最決平成26年3月17日〈百選44〉、古江p.189~194

*13:最判昭和33年1月23日参照

*14:古江p.194

*15:芦澤政治・百選44解説

*16:リークエp.225

*17:最判昭和37年11月28日〈百選A17〉、古江p.197~199、川出敏裕「訴因の機能」刑事法ジャーナル6号(2007年)p.123参照

*18:古江p.199、平木正洋・最判解刑事篇平成14年度p.154

*19:酒巻匡「公訴の提起・追行と訴因⑵」法教299号(2005年)p.76

*20:リークエp.229

*21:古江p.195,196

*22:古江p.197

*23:リークエp.233,234、最判昭和33年5月20日〈百選A43〉

*24:リークエp.235、最判昭和27年3月5日