【論証】刑訴1捜査⑷証拠収集Ⅲ
ここでは、前回までに扱えなかった、領置及び取調べについて検討します。
領置
捜査機関は、「被疑者その他の者が遺留した物」、所有者等が「任意に提出した物」を無令状で領置することができます(221条)。領置は無令状で行うことができますが、一旦領置した場合、捜査機関は返還を拒める、すなわち占有の保持には強制力を伴うため、強制処分であると理解されます。
「任意に提出した物」の領置については問題となることが少ないですが、問題となるのは「遺留した物」該当性です。
【論証:領置 「遺留した物」】
領置に令状が不要であるのは、占有の取得過程に何ら強制的要素がないからである。そうだとすれば、占有取得過程に強制的要素がない場合には領置の対象たる「被疑者その他の者が遺留した物」にあたり、領置が許され得ると解してよい。したがって、「遺留した物」とは、遺失物に限られず、広く被疑者その他の者の占有を離れた物を含むと解する。*1
判例は、公道上のごみ集積所に排出されたごみ袋について「遺留した物」該当性を認めています。*2
取調べ
身体拘束中でない被疑者の取調べ
逮捕・勾留されていない被疑者を取り調べることは、198条1項に基づいて許されます。もっとも、このような任意取調べにも一定の限界があります。
任意取調べが限界を超えるか否かは2段階で審査されます。まず、①任意取調べにあたって強制処分を用いることは許されません。次に、②強制処分を用いているとは評価できないとしても、比例原則に反した場合、違法となります。論証の第一段落が①の審査、第二段落が②の審査にあたります。
このような審査方法は捜査法の基本枠組みで検討したものと同様です。
【論証:任意取調べ】
まず、任意取調べは任意捜査として行われるものであるから、強制手段、すなわち個人の明示または黙示の意思に反し、重要な権利利益の制約を伴う手段を用いることは許されない。そして、任意同行・滞留が行われた際に、真意に基づく同意がない場合には対象者の意思決定の自由が侵害されているといえ、個人の意思に反し、重要な権利利益が制約されているといえる。したがって、かかる場合には強制手段である実質的逮捕を用いていることになり、任意取調べは違法となる。
次に、任意取調べにおいて上記のような強制手段が用いられていない場合であっても、任意取調べに応じることによって、被疑者の行動の自由といった権利は制約され、あるいは心身の苦痛・疲労といった負担・不利益は生じ得るため、任意取調べが、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案し、社会通念上相当と認められる方法ないし態様・限度を超えたものであれば違法となると判断すべきである。*3
第一段落の意思決定の自由の制約があったか(≒実質的逮捕に至っているか)のあてはめについては、同行を求めた時間・場所、警察官の数や態度、同行の態様、同行先の場所、監視状況、費用負担、他に宿泊可能な場所の存否などの事情を考慮します。被疑者は精神的に追い詰められていることに加え、捜査機関が拒否を許さない状況を作出することも多いため、被疑者が拒否していないことは重視すべきでないと考えられます。(任意同行が実質的逮捕に至っている場合だけでなく、脅迫などの強制手段が用いられた場合にも当然違法となります。)
第二段階では、任意取調べの必要性(事案の性質、容疑の程度、被疑者の態度等)と行動の自由の制約、精神的・肉体的苦痛や疲労などの負担・不利益(考慮要素としては取調期間の長短と監視状況が主)との比較衡量を行います。*4
身体拘束中の被疑者の取調べ
身体拘束中の被疑者の取調べについては、身体拘束中でない場合には許されない一定の強制が許されるのではないか、また、身体拘束中でない場合にはない限界があるのではないかが問題となります。前者が取調受忍義務の有無の問題であり、後者が余罪取調べの可否の問題です。
【論証:取調受忍義務(肯定説)】
198条1項は在宅被疑者についての規定であるから、身体拘束中の被疑者には適用がないとして取調受忍義務を否定する見解があるが、かかる解釈は文言上無理がある。
そして、同項但書を反対解釈すれば、身体拘束中の被疑者は取調受忍義務を負うと解すべきである。また、取調受忍義務を課しても、供述義務を負わせるわけではない以上、黙秘権侵害にもあたらない。したがって、かく解しても被疑者の利益が不当に害されることにはならない。*5
【論証:取調受忍義務(否定説)】
198条1項但書を反対解釈し、逮捕・勾留中の被疑者には取調受忍義務があるとする見解がある。しかし、法的に供述義務がないとしても、取調べを受忍する義務があるとすれば、実際上、黙秘権の行使は困難であり、黙秘権保障は無に帰することになってしまう。そこで、同項但書は在宅被疑者についての規定であり、逮捕・勾留の場合のことではないことを付言したに過ぎないと解釈すべきであり、逮捕・勾留中の被疑者は取調受忍義務を負わないと解する。*6
取調受忍義務について、実務は肯定説をとっているので、肯定説をとっても構いません。取調受忍義務自体は否定するのが通説ですが、論証のように198条1項は身体拘束中の被疑者に適用されないとするのは少数説です。
余罪取調べについては様々な見解がありますが、取調受忍義務肯定説と否定説から、それぞれ接続できる見解を一つずつ押さえておけばよいと思われます。
【論証:余罪取調べ 取調受忍義務肯定説】
【論証:取調受忍義務(肯定説)】
取調受忍義務は被疑者が逮捕・勾留中であるがゆえに生じ得る効果であるから、その及ぶ範囲も逮捕・勾留の効力範囲と同一でなくてはならない。
【論証:事件単位の原則】
したがって、取調受忍義務は被疑事件単位で生じることになる。
よって、本罪については受忍義務を課した取調べが許されるが、余罪については原則として受忍義務を課さない限りでのみ取調べを行うことが許されると解するべきである。もっとも、余罪と本罪が密接に関連する場合には、例外的に本罪と付随・並行して余罪につき受忍義務を課した取調べを行うことが許されると解する。*7
事件単位の原則についてはこちらの記事を参照してください。
【論証:余罪取調べ 取調受忍義務否定説】
【論証:取調受忍義務(否定説)】
上記のように取調受忍義務が認められない以上、取調べは任意処分であり、原則として本罪、余罪にかかわりなく行うことが許される。しかし、余罪取調べが具体的状況下において実質的に令状主義を潜脱するといえるような場合には、違法として禁止されると解すべきである。
令状主義の実質的潜脱にあたるか否かは、本罪と余罪との関係、罪質・軽重の相違、余罪の嫌疑の程度、余罪取調べの態様等の具体的状況を総合して判断する。*8
答案で余罪取調べを書く際に(もしくはそもそも余罪取調べの論点を書くかどうかの段階で)悩ましいのは、別件逮捕・勾留との関係だと思います。両者はしばしば同時に問題となりますが、理論的には別の問題です。
別件逮捕・勾留についてはこちらの記事を参照してください。
余罪取調べが行われたことを理由に逮捕・勾留が違法になる場合(本件基準説、実体喪失説、修正別件基準説等から)には、別件逮捕と別に余罪取調べについて論じる必要はありません。このときには、別件逮捕・勾留の論点を展開し、逮捕・勾留中の取調べを理由に違法な逮捕・勾留であると結論を出した上で、取調べについても、違法な逮捕・勾留中に行われた取調べだから違法だと論じればよいでしょう。
しかし、直ちに逮捕・勾留が違法とまではいえない場合には、余罪取調べ自体を論じる実益があります。(後者の論証の説からは逮捕・勾留が違法とならないのに余罪取調べが違法となることは考えにくいですが。)
また、余罪取調べが行われたゆえに逮捕・勾留が違法となる場合であっても、余罪取調べによって得られた供述の証拠能力が争われる場合には、あえて逮捕・勾留の違法性を論じるまでもなく、端的に余罪取調べの違法のみを論じれば足りる場合が多いでしょう。*9