【論証】刑訴1捜査⑶逮捕・勾留Ⅰ
被疑者の逃亡や罪証隠滅を防止しつつ捜査を遂行するための手段として、法は逮捕及び勾留を定めています。今回は逮捕・勾留の要件を中心に検討します。
逮捕
逮捕は、被疑者を比較的短時間拘束する強制処分です。狭義には被疑者の身体拘束から警察署等に引致するまでを指しますが、被疑者を引致した後さらに一定期間拘束を継続すること(留置)も含めて逮捕ということも多いです。
刑訴法は逮捕の種類として原則形態である通常逮捕、例外として現行犯逮捕(準現行犯逮捕)、緊急逮捕を定めています。
通常逮捕
通常逮捕の要件は①逮捕の理由と②逮捕の必要性です。
①の逮捕の理由とは、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」(199条1項)ことをいいます。すなわち、特定の犯罪の存在及び被疑者の犯人性が相当程度の蓋然性で認められることが必要であるということです。*1
②の逮捕の必要性は、199条2項にいう「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」、これを受けた刑訴規則143条の3の「被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」でないことを要求する要件です。
逮捕によって得られる捜査上の利益の程度と逮捕によって生じる権利利益侵害の程度が明らかに均衡を欠く場合にはこの要件が否定されるべき(「等」に該当する)であり、その意味で相当性を含む概念といえます。*2
現行犯逮捕
法は、令状がない場合であっても、現行犯人及び準現行犯人を逮捕することを認めています。準現行犯人の逮捕を準現行犯逮捕といいます。
現行犯逮捕
現行犯逮捕の要件は①犯行と逮捕の時間的場所的接着性、②逮捕者にとっての特定の犯罪の存在及び犯人性の明白さ、③逮捕の必要性です。
②につき、どの程度の明白さが必要か、いかなる情報を資料に明白さを判断することが許されるかが問題となり得ます。
【論証:現行犯逮捕】
現行犯逮捕が許容される「現行犯人」とは、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わつた者」(212条1項)であるから、現行犯逮捕の要件として、まず犯行と逮捕の時間的場所的接着性が必要である。
また、令状主義(憲法33条)の例外として現行犯逮捕が許容されるのは、特定犯罪の存在及び犯人性が逮捕者にとって明確であるため、令状手続きを経なくても、誤認逮捕のおそれがない一方、現行犯人を逮捕する状況においては、犯人を直ちに逮捕する緊急の必要性が認められるからである。したがって、逮捕者にとって特定の犯罪の存在及び犯人性が明白であることも必要である。犯人性の明白さについては、必ずしも犯行の現認までは必要ないが、犯行直後の客観的状況から犯人性の明白さが認められることが必要であると解する。この際、被害者等の供述も補充的に考慮することは許されると解する。
さらに、通常逮捕と異なり明文規定はない(刑事訴訟規則143条の3対照)が、現行犯逮捕の場合に特に逮捕の必要性が不要であるとする理由はないため、明らかに逮捕の必要がない場合には現行犯逮捕は許されないと解する。*3
時間的場所的接着性は、犯人性の明白さの徴表とする学説もありますが、犯人性の明白さとは別に、逮捕の「緊急の必要」を基礎づける要素として要求されるものであると考えられます。*4
時間的接着性が認められるのは、犯行後最大で30~40分という時間が目安とされることが多いです。*5
上記の論証は裁判例の立場ですが、被害者等の信用性の高い供述については、物証と同様、当然に明白さ判断の資料となし得るとする見解もあります。捜査実務はこの見解に立っているとも考えられます。*6
被害者以外の者が逮捕した場合で、直接の逮捕者にとっては明白さが認められ難い場合であっても、被害者と連絡を取り続けていた者が逮捕した事例において、裁判例は、実質的には被害者と共同して現行犯逮捕を行ったものとして、現行犯逮捕を適法としています。*7
準現行犯逮捕
被疑者が現行犯人には該当しない場合であっても、一定の類型に該当する場合には、準現行犯人として、準現行犯逮捕が許されます。
準現行犯逮捕の要件は①212条2項各号該当性、②時間的場所的接着性、③犯罪と犯人性の明白さ、④逮捕の必要性です。
②③の要件の導出の仕方は現行犯逮捕と同様です。もっとも、①の類型的事情によりある程度犯人性の明白さが担保され、緊急の必要性が基礎づけられることから、②、③は現行犯逮捕と比較すると緩和されています。したがって、②、③の要件を満たすかは、①で各号のどの、またいくつの事情が認められるかによって決まります。
【論証:準現行犯逮捕】
現行犯逮捕の要件に該当しないことを認定
したがって、現行犯人として現行犯逮捕することはできない。では、準現行犯人にあたるとして、準現行犯逮捕(212条2項、213条)することはできるか。
まず、Xは~であるから、「誰何されて逃走しようと」しているといえ、212条2項4号に該当する。
準現行犯人は、「罪を行い終わつてから間がないと明らかに認められる」者であるから、準現行犯逮捕のためには犯行と逮捕の時間的場所的接着性が必要である。 また、令状主義(憲法33条)の例外として準現行犯逮捕が許容されるのは、特定犯罪の存在及び犯人性が逮捕者にとって明確であるため、令状手続きを経なくても、誤認逮捕のおそれがない一方、準現行犯人を逮捕する状況においては、犯人を直ちに逮捕する緊急の必要性が認められるからである。したがって、逮捕者にとって特定の犯罪の存在及び犯人性が明白であることも必要である。
もっとも、準現行犯逮捕の場合には、各号該当性によってある程度犯人性の明白さが担保され、緊急の必要性が基礎づけられることから、時間的場所的接着性、犯罪及び犯人性の明白さは現行犯逮捕と比較すると緩和されている。したがって、これらの要件を満たすかは、各号のどの、またいくつの事情が認められるかによって決まる。
各号中4号は最も犯人性推認力が弱い類型であるところ、Xは4号にしか該当しないのであるから、時間的場所的接着性、及び明白さは高度に要求される。
さらに、通常逮捕と異なり明文規定はない(刑事訴訟規則143条の3対照)が、現行犯逮捕の場合に特に逮捕の必要性が不要であるとする理由はないため、明らかに逮捕の必要がない場合には現行犯逮捕は許されないと解する。*8
1号、2号は推認力が強いので、かなり長時間が経過していても適法とされやすいといえます。*93号では、52分後の逮捕が適法とされた事例があります。*104号では、30分後400メートル離れた地点での逮捕が適法とされた事例があります。*11
和光大事件では、2号、3号、4号に該当した(2号、4号に該当した者及び3号、4号に該当した者を逮捕)ため、1時間40分後、4キロメートル離れた地点での逮捕であっても適法とされたました。
現行犯逮捕の場合も同様ですが、上記の論証ほど展開する必要がある場合は多くないです。適宜短縮して用いてください。
緊急逮捕
憲法が事前の令状によらない逮捕を明文で認めているのは、現行犯逮捕の場合のみですが、現行犯逮捕ができない場合であっても、逮捕の必要性が認められる場合はあり得ます。そこで、法はこのような場合には緊急逮捕を行うことができるものとしました。
緊急逮捕は高度の嫌疑と緊急の必要性、事後的な司法審査を要求することによって、辛うじて合憲であるとするのが通説です。
緊急逮捕の要件は、①犯罪の重大性、②嫌疑の充分性(「(対象犯罪を)犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合」)、③緊急性(「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」)、④逮捕の必要性(、⑤逮捕後「直ちに」裁判官の逮捕状を請求すること)です。④までで逮捕自体は適法に行うことはできますが、逮捕状が発せられないときは、直ちに釈放されなければなりません。
勾留
勾留の要件は、①勾留の理由、②勾留の必要性です。
①の勾留の理由とは、被疑者が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」(207条1項、60条)ことに加えて、60条1項各号のいずれかに該当することをいいます。
②の勾留の必要性とは、逮捕の必要性と同様に相当性を含む概念です。
具体的事例においては、「罪証隠滅のおそれ」の判断がしばしば問題となります。「罪証隠滅のおそれ」は、実務上その有無が勾留の理由として、その程度が勾留の必要性として問題となります。*12
「罪証隠滅のおそれ」の有無は、罪証隠滅の客観的可能性(客観的に実行可能か、また実効性があるか。証拠の脆弱度、証拠収集の進行具合から判断)と主観的可能性(被疑者に罪証隠滅の意図があるか。刑の重さ、罪証隠滅の余地の大きさから判断。否認や黙秘それ自体から肯定されるわけではないですが、被疑者の態度は総合判断の資料にはなります。)から判断されます。*13
「罪証隠滅のおそれ」の程度としては、単なる抽象的な危険性では足りず、確実性までは要求されませんが、具体的資料によって裏付けられた高度の可能性が必要であるとされます。*14