司法試験・予備試験実践論証

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【論証】刑訴1捜査⑷証拠収集Ⅱ

前回の記事では、令状に基づく捜査について検討しました。刑訴法は、令状がない場合であっても、「逮捕する場合」には、捜索・差押えを行うことができると定めています(220条)。

 

そこで、今回は、この逮捕に伴う無令状捜索・差押えについて検討していこうと思います。

 

逮捕に伴う無令状捜索・差押えの適法性が問題となる場合、展開することが考えられるのは「逮捕する場合」・「逮捕の現場」という文言の解釈(時間的・空間的範囲)、物的範囲、第三者の身体の捜索、連行の可否等の論点です。これらの論点の前提として、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが許容される理論的根拠が極めて重要になります。

 

 

理論的根拠

逮捕に伴う無令状捜索・差押えが許される理論的な根拠としては、相当説と緊急処分説が対立しています。実務は相当説によっているといわれますが、学説上は緊急処分説が多数説です。ここでは、緊急処分説を採用したいと思います。

 

【論証:逮捕に伴う無令状捜索・差押え 理論的根拠】

 220条が逮捕に伴う無令状捜索差押えを認める根拠について、逮捕する場合には、具体的犯罪の嫌疑があることを前提に、逮捕現場には当該犯罪に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的に高いことから、事前の令状審査なしに捜索・差押えを行うことも合理的な証拠収集手段として許されるとする見解もある。かかる見解からは、令状によるか否かは捜査戦略にすぎず、220条に基づく捜索・差押えを行う要件として緊急状況にあることは不要であると解される。

 しかし、かかる見解は令状主義の趣旨を軽視しており妥当でない。犯罪の嫌疑が認められ、証拠存在の蓋然性が一般的に高いことに加え、逮捕の際には(被疑者等により)そうした証拠が破壊・隠滅される危険が高く、それを防止し証拠を保全すべき緊急の必要があることも理由となって、令状主義の例外として220条に基づく捜索・差押えを適法に行い得ると解すべきである。*1

 

相当説をとることも十分可能だと考えられます。理論的根拠についての対立は、220条の文言解釈にも影響を及ぼすので、理論的に一貫した論証を用いることが重要です。

 

 

時間的範囲(「逮捕する場合」)

 

【論証:逮捕に伴う無令状捜索・差押え 「逮捕する場合」(相当説)】

 【論証:理論的根拠(相当説)】

 逮捕の前後に多少時間が隔たったとしても、証拠存在の蓋然性の程度には大きな違いは生じないから、上記の根拠はなお妥当するといえ、「逮捕する場合」(220条1項柱書)と認められると解する。*2

 

 

【論証:逮捕に伴う無令状捜索・差押え 「逮捕する場合」(緊急処分説)】

 【論証:理論的根拠(緊急処分説)】

 上記の根拠から、「逮捕する場合」とは、証拠破壊・隠滅の高度の危険が発生している状況をいい(緊急の必要が認められる場合)、原則として逮捕の着手が先行し、逮捕と接着した時的範囲(現に逮捕する状況)に限られると解する。もっとも、逮捕の着手前であっても、被疑者が現在し、逮捕着手直前であれば上記の危険は認められるから、「逮捕する場合」にあたるとしてよい。*3

 

判例*4は、被疑者が帰宅し、逮捕される20分前に行われた無令状捜索・差押えを適法としていることから、相当説と親和的であると考えられます。しかし、相当説からしても、かかる事案では被疑者が帰宅し、逮捕されたことにより捜索・差押えを適法とする余地がないとまではいえませんが、被疑者が帰宅することがなかったならば違法とならざるを得ません。このように帰宅の有無という偶然の事情によって捜索・差押えの適法性が左右されるのは妥当とはいいがたいため、判例に対しては強い批判があります。*5

 

 

空間的範囲(「逮捕の現場」)

 

【論証:逮捕に伴う無令状捜索・差押え 「逮捕の現場」(相当説)】

 上記のように、令状によるか220条に基づいて捜索を行うか否かは捜査戦略の問題に過ぎないところ、220条に基づく捜索が許容される「逮捕の現場」は、令状を取得すれば捜索が許される、逮捕行為の行われた場所と管理権を同一にする範囲内に限られると解する。*6

 

【論証:逮捕に伴う無令状捜索・差押え 「逮捕の現場」(緊急処分説)】

 上記の根拠から、「逮捕の現場」とは、逮捕の際に証拠の破壊・隠滅がなされる現実的危険のある範囲、したがって、被疑者の直接の支配下にある場所的範囲に限られると解する。*7

 

緊急処分説の立場からのあてはめとしては、被疑者の身体と手の届く範囲程度について認められるとするのが一般的です。もっとも、同居人等他の者による破壊・隠滅の可能性を考慮して、場合によってはこれを超える範囲を含むとすることも可能です。

 

 

物的範囲

 

「逮捕する場合」、「逮捕の現場」要件を満たし、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが許され得る場合であっても、捜索・差押えが無制限に認められるわけではありません。

 

【論証:逮捕に伴う無令状捜索・差押え 物的範囲】

 【論証:理論的根拠(相当説・緊急処分説)】

 220条に基づく捜索・差押えが許容される根拠が上記のように逮捕現場には逮捕の原因となった被疑事実に関係する証拠が存在する蓋然性が一般的に高いと認められる点にあることから、同条に基づいて捜索・差押えを行うことが許容されるのは逮捕の原因となった被疑事実に関係する物に限られると解する。

 同条に基づく捜索・差押えとは別に、逮捕自体の確保のために凶器や逃走用具を無令状で捜索することは逮捕自体の効力として許されると解する。したがって、凶器や逃走用具については、捜索と一時保管はできても、逮捕自体の効力の範囲を超えるため、差押えまで行うことは許されない*8

 

理論的根拠についていずれの説をとっても、逮捕の原因となった被疑事実に関係する証拠が存在する蓋然性が一般的に高いことが逮捕に伴う無令状捜索・差押えが許される根拠(の一つ)であることには変わりがないので、物的範囲についての論証はいずれの説をとった場合であっても同じで構いません。

 

凶器、逃走用具については、差押えまで許されるとする見解もありますが、逮捕自体の効力として捜索が許容されるとする立場からは、差押えまでは許されず、一時保管ができるにとどまると考えられます。

 

 

三者の身体の捜索

 

逮捕の現場に居合わせた第三者の身体について、220条を根拠として捜索することができるかが問題となります。

 

【論証:逮捕の現場に居合わせた第三者の身体の捜索】

 逮捕に伴う無令状捜索・差押え(220条1項2号)が令状主義(憲法35条、法218条)の例外として許容されるのは、逮捕の現場には一般的・類型的にみて逮捕に係る被疑事実に関連する証拠の存在する蓋然性が高く、被逮捕者等によって証拠が破壊・隠滅されるのを防止する緊急の必要性が認められるためである。したがって、同号による捜索・差押えの対象は一般的・類型的にみて証拠の存在する蓋然性が高い場所・身体・物に限定されると解する。

 そうだとすれば、第三者が逮捕事実に関連する証拠を所持している蓋然性は一般的・類型的に高いとはいえない以上、三者の身体はそもそも220条1項2号による捜索の対象とはなり得ない

 もっとも、第三者が捜索の最中またはその直前にその場にあった目的物件を隠匿した疑いが十分に認められるときは、「必要な処分」(222条1項前段、111条1項)として妨害を排除して現状に回復するために合理的にみて必要かつ相当な処分を行うことができると解する。*9

 

222条1項、102条2項から、第三者の身体については「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合」には捜索が許されるのではないかという疑問が生じるかもしれませんが、102条2項は、捜索が許される場合を限定するための条文であり、捜索を行う根拠となる条文ではありません。したがって、第三者の身体については、論証で見たようにそもそも220条の捜索の対象となり得ない以上、102条2項の存在にかかわらず、捜索することは許されません。

 

 

連行の可否

 

逮捕に伴う無令状捜索・差押えを行うために適した状況にない場合、被疑者を捜索・差押えに適した場所まで連行した上で、捜索・差押えを行うことが考えられます。このような連行、及び連行後の場所での捜索・差押えが適法か否かが問題となります。

 

【論証:逮捕に伴う無令状捜索・差押え 連行の可否】

 【論証:「逮捕の現場」】

 そうだとすると、連行後に捜索・差押えを行った警察署は「逮捕の現場」ではなく、かかる捜索・差押えは違法とも考えられる。

 しかし、被逮捕者の身体、所持品に対する捜索、差押えである場合、逮捕後被疑者の所在場所を移動しても身体ないし所持品の状況には直ちに変化が生ずるものではないし、捜索等の実施場所が逮捕地点と異なることで被逮捕者に不利益ともならない。したがって、「逮捕の現場」で捜索差押えを行うことが適当でない事情があるときにはそれに適する場所に移動した上で実施することも220条1項2号が当然に許容していると解する。もっとも、実施に適する場所への連行は捜索差押えの付随処分として222条1項前段の準用する111条1項により、必要最小限度のものが許されるにとどまる。

 したがって、被逮捕者の身体、所持品に対する捜索差押えは、逮捕現場付近の状況に照らし、被逮捕者の名誉等を害し、被逮捕者らの抵抗による混乱を生じ、または現場付近の交通を妨げるおそれがあるといった事情のため、その場で直ちに捜索差押えを実施することが適当でないときには、速やかに被逮捕者を実施に適する最寄りの場所まで連行した上で捜索差押えを実施することも、220条1項2号にいう「逮捕の現場」における捜索差押えと同視することができ、適法に行いうると解する。*10

 

判例は、「逮捕の現場」における捜索差押えと同視することができる根拠を示していないため、根拠については学説等から導き出してくる必要があります。

 

ここでは、連行については捜索・差押えの付随処分(「必要な処分」)として許され、連行後の捜索・差押えについては220条1項2号が当然に許容しているため許される、という構成をとっています。

 

連行と連行後の捜索・差押えを区別して考えることが大切です。

 

 

 

 

 

 

 

*1:リークエp.140,141

*2:リークエp.141,142

*3:リークエp.141,142

*4:最判昭和36年6月7日〈百選A7〉

*5:リークエp.143

*6:リークエp.143

*7:リークエp.143

*8:リークエp.146

*9:古江p.137~

*10:最決平成8・1・29〈百選25〉、古江p.139~、144~